面影画10


6月9日の面影画は佐々木松男さん




描いた人  佐々木好美さん(62歳)妻                     
      佐々木迪彦(みちひこ)さん27歳                  

 松男さんは忙しい人だった。今、高田の松原を紹介する本を作っている最中だった。6
月22日に木場の木材会館で開催される「海岸林学会」で高田松原の再生や歴史などにつ
いて発表することになっている。                         
 そんな忙しい松男さんが、時間を割いて絵の申し込みに来てくれた。手には一枚の写真
。家が全て流されてしまい、秋田の兄から送ってもらった唯一の家族写真だった。   

 好美さんと松男さんは、好美さん26歳、松男さん25歳の時に結婚した。早生まれの
一歳年上の好美さんだった。                           
 松男さんは陸前高田で印刷・出版の仕事をずっとしていた。本が好きだった。好美さん
も本が好きで、そんなことが縁で、結婚することになった。             

 好美さんは子供の頃、図書館の先生にあこがれていた。そんな影響だったのだろう、そ
の大好きだった図書館の仕事を50歳までやった。その後、本庁に戻り、60歳の定年ま
で公務員として勤め上げた。                           
 とてもさっぱりした性格で、年上ということもあり、松男さんもたじたじだった。20
年間やり続けた琴を、いきなり東海新報に「差し上げる」の広告を出したりする人だった
。40歳を過ぎてから、結婚式の写真が「変だから」と言って捨てちゃったりしもした。
 姑が大事にしていた長持を、邪魔だからといって捨てようとする。姑とはそんな事で別
々に暮らすようになったり、まあ、アッサリした性格の人だった。          

 若い頃は、年上ということもあり、松男さんを「松男くん」と呼び、松男さんは「好美
さん」と呼んでいた。「だって、向こうが上なんだから仕方ないよね・・」と松男さん。

 本が好きで、よく買って来て読むのだが、読み終わるとすぐに「図書館に寄付する」と
言って持って行ってしまう。だから佐々木家には本が異常に少なかった。       
 本が好きなのは同じでも、松男さんは大事に取っておきたいタイプ。一方好美さんは、
大好きな図書館に寄贈して本に第二の人生を歩いてもらおうとするタイプ。で、力関係か
ら、佐々木家の本は大半が図書館に行くことになってしまった。           

 力関係というか、アッサリした性格からというか、松男さんは常に自立を求められた。
息子達も同じだった。夕方、好美さんからメールが来る。内容は「各自」。これは、夕食
は各自で食べて下さいというメッセージ。                     
 料理が嫌いではなかった松男さんは、特に苦にはならなかった。「だって、俺が作った
方が旨いんだもの・・」                             

 3月11日、松男さんは市内の会社で仕事中だった。会社は市役所の近くだった。津波
が来たとき、松男さんは市役所に逃げ込んで難を逃れた。              
 一方好美さんは、家にいた。実母の家が車で5分のところにあり、車でおばあちゃんを
連れに行った。そこに津波が来て・・・                      

 好美さんは高田高校の音楽室で見つかった。自宅から100メートルも流されていた。
松男さんが言う「好美はたぶん家に戻ったんだ。次男の部屋の位牌を取りに戻ったんだ・
・・」                                     
 今回、好美さんと一緒に描いた次男の迪彦(みちひこ)さんは、昨年三月に他界してい
た。27歳という若さで・・・。                         
 好美さんは迪彦さんが大好きだった、「みっち、みっち」と呼んで可愛がっていた。 
 松男さんは仲間はずれになり、気の合う長男とタッグを組んだ。そのくらい仲の良かっ
た二人だった。好美さんは一年間泣いていた。「みっちのとこに行きたい・・」とつぶや
くことも多かった。奇しくも三月、同じ月に天に召された。             

 「行きたい、行きたいって言ってたから、行っちゃったのかねえ・・・」      

 絵は二人を一緒にして、笑顔でというリクエストだった。ちょっと背が高くなった迪彦
さんと、にっこり笑う好美さんを描かせていただいた。               

 松男さんにおくる、素敵な奥様とやさしい息子さんの記録。            
 好美さんと迪彦さんのご冥福をお祈りいたします。                



 6月9日の面影画は佐々木松男さん。                      

 亡くなられた奥様と息子さんを描かせていただいた。               

 晴れていたけど、今日は気温が上がらず助かった。岩手放送の取材クルーが朝から取材
していたが、冒頭の取材部分と絵を描いている間は取材を遠慮してもらった。     

 絵は順調に出来上がり、文章も確認してもらう。                 

 最後に松男さんから握手を求められ、深々と頭を下げられた。私も両手で握手させて頂
き、お礼を言わせてもらった。言葉は少なかったけど、気持ちが伝わって、お互いに涙が
流れた。                                    

 今日は、やって良かったと心から思えた。                    

IBC岩手放送のカメラ取材が入った。絵を描く時間が短くなる。 無言で両手を握って握手してくれた。お互いに涙が流れた。