面影画29


7月3日の面影画は菅野(かんの)エリカさん




描いた人 菅野康文さん(39歳) 夫                        

 康文さんはエリカさんにとって自慢の夫だった。商工会の係長で、青年会議所にも参加して
いて、地区のイベントやお祭りは率先して活動していた。将来を嘱望されていた若手だった。
 何よりも人のことを考える人で、自分の事は後回しにする人だった。          
 将来を考えれば、とにかく人の事を考え、その人の為に頑張ればいい。そんな信条をもつ康
文さん。高田町のお祭りに出場する子供たちに、笛や太鼓を熱心に教えていた。家のある広田
地区は今年お祭りで、その準備にも余念がなかった。                  

 商工会で幅広く仕事をこなしながら、商店街の人たちとも交流し、すこしでも地元に役立ち
たいという思いが強かった。                             
 2月中旬に東京に出張した際のこと、ひとりで行ったのだが、包装や販促方法など地元の人
をなぜ連れて来なかったんだろうと悔やんでいた。ひとりだけではなくみんなの為になること
を、いつも考えている人だった。                           
 2月の末に、酔仙酒造が「多賀多(たかた)」というお酒を使ったお菓子を作るので、その
試食を一般市民代表としてやってくれないかと言われた。そのくらい、各方面から信頼され、
活動を認められていた人だった。                           

 エリカさんと康文さんは同じ歳だった。4月生まれというのも一緒だった。そんな二人は、
たまたま通っていた自動車学校で知り合い、結婚した。                 
 手元に一枚の写真がある。結婚式のキャンドルサービスの写真だ。満面笑顔の二人が写って
いる。幸せの象徴のような写真。この康文さんの笑顔を残したいと、エリカさんが持参した。

 家庭では三人の子供に恵まれた。看護士のエリカさんを気遣い、自分で料理をするような人
だった。料理は好きだったし、上手だった。カレーライスは言うに及ばず、筑前煮、グラタン
、パスタ料理、何でも作った。時には昼にお好み焼きをお茶の間で作ったりもした。子供たち
も、次のお父さんの料理を楽しみに待つような家庭だった。               
 結婚記念日には必ず康文さんからエリカさんに花束が届いた。そんな愛妻家でもあった。 
 お酒も好きで、代行で帰って来る時でも必ずなにかお土産を買ってきた。エリカさんに負担
をかけまいと、コンビニでつまみを買って来て飲む事もあった。             

 康文さん、若いけど苦労の多い人生だった。しかし、人にそれを見せたことは一度もない。


 3月11日、エリカさんは休みで、高田に買い物に行く日だった。その時に地震が来た。広
田の高台にある家は、その後の津波にも被害はなかった。                
 避難した多くの人と、津波が町を呑み込んで行く、この世のものとは思えない光景を何も出
来ずに見ているしかなかった。                            

 康文さんは局長と二人でいた。局長は地震の後、康文さんと別れて高田一中に避難していた
ので、康文さんに避難する時間がなかった訳ではない。その時に、たまたまおばさんが康文さ
んを見ていた。「ヤス君!早く帰らんよ!」それに対して「俺も帰るよ!」と応えたという。
 エリカさんは言う「あの人の性格からして、たぶん、商店街に心配な人がいて、助けに戻っ
たんじゃないかと思うんですよ・・・」自分の事よりもひとの事を先に考える人だった。  

 どこかに避難して、その避難先で見るに見かねてボランティア活動をしているのではないか
・・・そんな思いから、翌日から父と二人で歩いて避難所を探したが、姿はなかった。   
 毎日、遺体安置所を見たが見つからなかった。                    

 3月17日、エリカさんは康文さんの夢を見た。康文さんは玄関から出てきて、そこで笑っ
ていた。康文さんが持っている白い紙に「外絆」と筆で書かれているのが読めた。     
 数人で土地を探している夢も見た。何度も夢を見るうちに、エリカさんは、康文さんがすで
にこの世の人ではなく、あちらの世界で他の人の世話をしているのだと感じるようになったと
いう。                                       
 同時に「自分はひとりじゃない。必ず自分のそばにいて、見守ってくれている・・」と感じ
るようになったという。                               

 6月30日、いつも康文さんを感じる為に作ってもらったロケットが出来上がった。そっと
開けて見せてくれた。にっこり笑う康文さんがいた。                  
「いつもお父さんはここにいる。子供たちにもそう話しているんですよ・・」       

 中二のよしき君、小五のとしみちゃん、小三のやすよし君。三人は健気にお母さんを応援す
る。としみちゃんは、わたしが悲しむとお母さんはもっと悲しむから、と健気に笑う。   
 康文さん、あなたの子供たちはすごい。きっと大丈夫。                

 「仕事、料理、何をしていても不満はなく、自慢の夫だった・・」エリカさんの目が潤む。
この面影画で、エリカさんと子供たちに、お父さんを感じてもらえれば嬉しい。      

 エリカさんにおくる、世界一素晴らしいご主人の記録。                
 康文さんのご冥福をお祈り致します。                        




 7月3日の面影画は菅野(かんの)エリカさん。                   

 最愛の旦那さんを津波で亡くした。にっこり笑ったご主人を面影画で描かせていただいた。
 エリカさんが持参したのは、結婚式のキャンドルサービスの写真。満面の笑顔で二人が写っ
ている写真だ。この写真のこの笑顔を描いて欲しい・・エリカさんの願いが、その一枚の写真
に込められている。                                 

 エリカさんが申し込みに来られた時の事を思い出す。今にも泣き崩れそうな雰囲気があって
、大丈夫かな・・と思って受け付けていた。                      
 今日はお子さんと一緒に来られて、元気そうだったが、まだまだ心が揺れているのが、あり
ありと分かる。ご主人の話は一時間に及んだ。話したい事が山ほどあるのだ。       

 この面影画は失敗出来ない。慎重に筆を運ぶ。39歳で最愛のご主人を亡くし、三人の子供
を託されたママのつらさを考えれば、絵に魂を込めることなど何でもないはずだ。     

 とにかく、今日は疲れた。                             

 出来上がった絵を渡したときに、お子さんと一緒に喜んでくれた。この絵が少しでもエリカ
さんの心の支えになってくれれば嬉しい。                       

この写真の笑顔を描いて欲しい、と言われた結婚式の写真。 二人の子と絵を受け取りに来てくれたエリカさん。