面影画
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7月7日の面影画は千葉信也(のぶや)さん
描いた人 千葉教子さん(56歳) 妻
信也さんと教子さんは結婚して33年になる。
教子さんはいつもお父さんが迎えに来るのを職場で待っていた。そんな教子さんに声をかけ
たのがきっかけで、二人は交際を始め、結婚に至った。「今で言えばナンパだよね・・」信也
さんは明るく笑う。惚れて一緒になった恋女房だった。
教子さんは犬が大好きだった。それも大型犬を。今まで三頭の犬を飼った。初代は秋田犬の
「サム」、雄犬だった。サムは14年一緒に暮らした。次がゴールデンレトリバーミックスの
「モモ」、こちらは雌犬で4年という短命だった。
そして、今飼っているのがシェパード雑種の「ゴン」。まだ一歳半で、しつけの途中だ。
犬は家の中で飼っている。
朝、4時ころには顔をなめられて起こされる。散歩は教子さんと信也さんが交代で行く。毎
日3キロから4キロを歩く。大型犬だから散歩も大変だ。引きずられるように歩かされる。高
田の松原にはよく散歩に行った。二トントラックの荷台に乗せて、松原まで行き、波打ち際を
散歩した。犬は水が大好きだから大喜びで走り回っていた。
一週間に一度のシャンプーは欠かせない。ベッドで一緒に寝るから、いつも清潔にしていな
ければならない。信也さんのベッドと教子さんのベッドを行ったり来たりする。
手元に一枚の写真がある。信也さんが「モモ」と寝ている写真だ。何と「モモ」は仰向けに
大の字に信也さんの腕枕で寝ている。気持ち良さそうに。
信也さんが言う「いい具合に腕枕をしないといびきをかくんだよ。けっこう大きな声でいび
きをかくんだよね・・」犬とともにある暮らしだった。
信也さんの仕事は土木業で、毎日お弁当を持って出かける。教子さんは毎日犬の散歩の後、
お弁当を作る。料理は?と聞くと信也さんは「あまり上手じゃなかったかな、料理より器に夢
中だったよね・・」家には教子さんが集めた食器がいっぱいある。今は思い出の品だ。
教子さんは高田市役所近くの民商で事務をやっていた。会員の面倒見がよく、リーダー的な
役割をこなしていた。会員の生活の中にまで入って世話をする人で、会員の信頼も厚かった。
知り合いが多い人だった。
3月11日、信也さんは仕事で、いつものように朝、教子さんが作ったお弁当を持って出か
けた。この日、教子さんは忙しかった。民商会員の集団申告の日だった。今日は忙しいからと
、おやつのような食べ物をみんなの分も作って持って家を出た。
事務所は市役所の近くの民家を借りていた。そして、この日は民商のパレードも行われた。
地震が来たのはそのパレードの最中だった。酒屋のガラスが割れたり、市内は騒然となった。
教子さんがマイクを持ってパレードに参加しているのを、寿司屋の人が見ていた。それが最
後に目撃された姿だった。
誰もあんな大きな津波が来るなんて思いもしなかった。
日頃から責任感の強い人だった。自分が参加しているパレードの参加者を守ろうとしていた
はずだ・・と信也さんは言う。実際にそうだったのだと思う。
津波は信也さんの家の4百メートル手前まで来た。家は無事だった。しかし、教子さんは行
方不明になった。
その後、教子さんは市内から竹駒まで1.5キロも流された場所で発見された。戸外にいて流
されたので、損傷が激しく、外見ではまったく分からなかったという。最終的にはDNA鑑定で
分かり、25日に葬儀が終わった。
絵のリクエストは3頭の愛犬に囲まれて微笑む教子さん。ゴンのしつけを気にしていた教子
さん。ゴンとサムとモモに囲まれてにっこり笑っている姿を描かせていただいた。
この絵が信也さんの心を少しでも安らかにしてくれればうれしい。
信也さんにおくる、最愛の妻、教子さんの記録。
教子さんのご冥福をお祈り致します。
7月7日の面影画は千葉信也さん。
津波で亡くなられた奥様を描かせていただいた。
犬好きだった奥様と、今まで飼った大型犬三頭を一緒に描いて欲しいというリクエストだっ
た。時間が短かったので、今日も時間に追われる作業だった。
ここのところ連日、NHKの取材が張り付きで入っているので、途中途中でインタビューなど
が入り、作業が遅れる。影響のないように気を使ってくれるのだが、こちらも緊張するし、疲
れる。こればかりは慣れる所までいっていない。
今日は、最初の打ち合わせからカメラが入ったので、緊張の連続だった。でも、集中して良
い絵が描けたので良かった。
絵を描き上げ、信也さんに渡す。そっくりだと喜んでくれた。お礼にと、冷えたフルーツの
盛り合わせを頂いた。これもまた、ありがたく頂戴した。フルーツ不足の生活なので、理屈抜
きにありがたい。
ふと「この絵の中に入りたい」とつぶやいた信也さん。
打ち合わせから一日ずっとNHKの取材が入ったので緊張した。