面影画38


7月14日の面影画は遠野キミ子さん




描いた人 村上せつ子さん 59歳 姉                        

 せつ子さんはキミ子さんにとって理想の姉だった。やさしくて、芯が強くて、なにより人を
思いやる人だった。周りの事、家族の事を優先し、自分の事はいつも後回しだった。    
 5人兄弟の長女だったせつ子さん。次女のキミ子さんにとって、この姉の存在がどんなに大
きかったことか。子供時代は仕事で忙しかった親代わりに炊事や洗濯をこなし、小柄で華奢な
体に似合わず、畑仕事も人一倍働いた。                        
 上三人が女の子で三人姉妹と呼ばれていた。キミ子さんはせつ子さんに「きんみ、きんみ」
と呼ばれて可愛がられた。                              

 22歳で結婚して三人の子供を育て上げたせつ子さん。三人ともすでに結婚し、孫が4人も
いる。キミ子さんは「姉さんはえらいよね、子供たちみんな一人前に育ててね・・」という。
パッチワークの縫い物が好きで、何かあるとパッチワークの作品を贈り物にして、みんなに喜
ばれた。                                      

 責任感が強く、地域の防災の指導もしていて、今回の地震でもお年寄りを助けに行って、自
分が被災してしまった。勤めていた職場の人はみんな無事だったのに、せつ子さんだけ津波に
呑まれた。「助けなければ」が「逃げなければ」よりも強かったからだ。         

 キミ子さんは津波から逃げる時、車で渋滞している交差点で4回も「姉さんに助けられた」
という。本当に偶然に、自分の前で一台分の空間ができ、そのまますんなりと目的の場所まで
たどり着けた。津波に流されかけ、危ういところだったが、何とか逃げられた。      
 みんな姉のおかげだと、涙ぐみながら話してくれた。                 

 野の花が好きで絵手紙を描いていたキミ子さん。家ごと何もかも流されたのだが、その絵手
紙のファイルがせつ子さんの娘の手で戻って来た。こんな偶然があるのか!・・とキミ子さん
は、ここにも姉の存在を感じている。「本当に姉に守られているって思うんですよ・・」  

 キミ子さんはせつ子さんから送られたノートを大切に持っている。このノートには何かあっ
た時や迷ったとき、指針になるような言葉がきれいな青いインクで何ページも書かれている。
今回の震災のあとで、あらためてこのノートを見る事が多くなった。           
 何気なくノートの裏表紙カバーに差し込まれている部分を見た時、にキミ子さんは息を飲ん
だ。今まで、一度も見る事のなかった裏表紙カバーの下に書いてあった最後の言葉は    

 「大丈夫、必ずうまくいく!」                           

 この言葉は姉のメッセージだ、とキミ子さんは思った。いろいろな言葉を年賀状や手紙で書
き残してくれた姉が、今回の震災を予想していたはずはないけど、この状態の私たちを励まし
てくれている。そんなメッセージだった。                       
 姉を失った悲しさに、ずいぶん長い間、姉のことを話す事が出来なかったという。    
 「今日、こういう形で話したことで、何か違う自分になれそうな気がするんですよ・・」と
キミ子さん。絵を描くのに必要だから・・と言うと、みんなから姉の写真が出て来た。   
 そして、このことをきっかけに姉の話題が出るようになった。             
 お盆には兄弟がみんな集まって、この絵を見ながら、姉の事を話そうと思うんですと言って
くれた。                                      

 看護士をしているキミ子さん。避難所で頼りにされ、あらためて自分の仕事の重要性を認識
した。そして、その姿を子供たちに見せられたことが嬉しかったという。         
 今は、心のケアを必要とする人のために、いろいろな勉強をしようと思っている。    
「姉さんが私に与えてくれた機会のような気がするんです・・」姉を亡くした代わりではない
けれど、キミ子さんの中に何か大きなものが育ちはじめている。             

「自分が思った通りに生きていいんだから・・」とせつ子さんに励まされたことが、今のキミ
子さんを支えている。                                

 面影画のリクエストはエプロンをして微笑んでいるせつ子さん。            

 この絵が、少しでもキミ子さんに力を与えてくれれば嬉しい。             


 キミ子さんにおくる、大好きな姉さんの記録。                    
 せつ子さんのご冥福をお祈り致します。                       




 7月14日の面影画は遠野キミ子さん。                       

 津波で亡くなられたお姉さんを描かせていただいた。                 

 お姉さんが亡くなったことを実感として捉えることが出来ず、お姉さんの話が出来なかった
という。お姉さんは五人兄弟の長女で、精神的な支柱でもあった。            

 この面影画を依頼する事で、次の一歩に進みたいと考えていたという。そういう事もあるの
だと思う。何かのきっかけが必要だった。                       
 何度も何度も、「私は姉さんに生かされた・・」と語る。               
 渋滞の中を津波から逃げられたのも、絵手紙のファイルが奇跡的に見つかったのも、自分の
仕事に誇りとやりがいを感じられるようになったことも、みんな姉さんのおかげだと言う。 

 この面影画が兄弟みんなに、少しでも力を与えられれば嬉しい。            

木にはセミの抜け殻がいっぱい付いている。 妹さんと絵を受け取りに来てくれたキミ子さん。