面影画62


8月19日の面影画は佐藤勇さん




描いた人 佐藤千代子さん 八十三歳 母                        
     松川佳音(かのん) 二歳 孫                        
     トラ 三歳 ネコ                              

 千代子さんは三年前まで畑仕事をするなど元気だった。自転車にも乗ってあちこち出かけてい
たほどだった。三年前に膝を悪くして歩けなくなり、それから急に老け込んだ。老いは足から来
ると言われているが、まさにその通りだった。                      

 勇さんはあちことの医者に見てもらったが、医者は高齢だし手術などもすすめられないと言う
ばかりだった。出かけるときは勇さんか弟さんが運転する車で出かけていた。病院の通院もそう
だった。                                       
 千代子さんは誰にでもやさしく、他人の悪口などは言わない人だった。近所の友だちも多く、
行ったり来たりして話し込む事も多かった。                       

 トラは一年前から家にいる。勇さんは建設業の仕事をやっていて、県北の工事現場でのことだ
った。小さいネコが現場に入り込んできた。所長は「ネコに餌をやると居着くからやるなよ」と
言っていたのだが、誰かが餌をやっていたと見えて、子猫はそこに居着いてしまった。    
 居着いてみると可愛くなり、それから二年間三カ所の現場を一緒に回った。        

 家に連れて帰ったら、最初怒っていた千代子さんもトラを可愛がるようになり、結局飼う事に
なった。秋に連れて来て、一冬でむくむくと大きくなり、すっかり貫禄あるネコになってしまっ
た。勇さんがどこに行くにも付いてくる可愛いネコだった。                
「顔は可愛くないんだけど、可愛いんですよ・・」と勇さんの顔がほころぶ。        

 かのんは二歳。娘が毎日連れて来て、勇さんにもすっかりなついて可愛い孫だった。目に入れ
ても痛くないと、勇さんが自分で言うくらい可愛かった。                 
 夕方帰る時には泣いて帰りたくないという、そんな仕草まで可愛くって仕方ない孫だった。 
「かのんのことを言うと、自分がまだ耐えられないので、このくらいで・・」勇さんの目が潤ん
でいた。                                       

 三月十一日、勇さんは仕事で仙台にいた。国土交通省で打ち合わせをしているところに大きな
地震が来た。すぐに家に帰ろうとした。普段なら一時間で帰れる距離だが、七時間かかってやっ
と家の近くまで帰って来た。夜の八時半になっていた。あたりはもう真っ暗だった。     
 「家なんかひとつもねえぞ・・」呆然とする勇さん。友人に「津波が来るから行っちゃだめだ
!」と止められ、その晩は近くまで行けなかった。                    

 翌朝、娘婿と二人で見に行った。家は土台もなにもかも流されて、何もなかった。高台にあっ
た弟の家も津波にやられた。家の屋根まで津波に洗われていた。高台の避難所も流された。避難
していた人の半数以上が流されたという。                        
 そして、その中に千代子さんもかのんも娘もトラもいた。娘さんは誰かが投げた紐につかまっ
て奇跡的に翌日水の中から助けられたが、千代子さんとかのんはそのまま流されてしまった。 
 六百人くらいの集落だが、百人くらい一瞬で亡くなってしまった。            

 勇さんは守るべきものを全て亡くしてしまった。心のダメージは予想以上に大きい。当初は、
「おふくろとかのんを何としても探さなくては・・」と必死だった。泥をかき分け、家に帰った
らすぐ倒れるように寝てしまう毎日だった。                       
 千代子さんは近くで見つかった。一ヶ月後、かのんも発見された。近くだった。トラもこの辺
にいるはずだ・・と探したらトラも見つかった。                     

 勇さんは仕事に戻った。建設業は忙しかった。ひとりで何もかもやっていたが、人手が戻って
来て、任せるようになってきた。そんな余裕が出来てからの方がつらかった。時間が空くと、か
のんや千代子さんの事を考えている自分がいた。                     
 そんな時はもうだめだった。気持ちが沈んで、いたたまれなくなってしまう。       
「こんなことがあっていいのか・・」誰に言うともなく、つい口から出てしまう言葉だ。   

 定年後に楽しもうと集めた大量の盆栽も、全てがなくなってしまった。しかし、佐藤家の長男
として、実家を再生するという大仕事が出来た。今は、その目標に向かって一歩一歩進むしかな
い。                                         

 絵のリクエストは千代子さんがかのんを抱き、傍らでトラが寝ているとところをというもの。
「みんなが一緒のところを・・」という勇さんの気持ちが良くわかる。           
 この絵が少しでも勇さんの心の空白を埋めてくれれば嬉しい。              

 勇さんにおくる、母とかわいい孫とトラの記録。                    
 千代子さん、かのん、トラのご冥福をお祈り致します。                 



 8月19日の面影画は佐藤勇さん。                          

 津波で亡くなられたお母様とお孫さん、そして飼い猫のトラちゃんを描かせていただいた。 

 今回の津波が勇さんに与えたダメージは大きい。特に、目の中に入れても痛くないほど可愛が
っていた、お孫さんを失ったことがつらい。                       
 話をすると自分が崩れてしまいそうになるので最小限に・・というインタビューだった。  

 それでも「佐藤家の長男として、家を再興する役目があるんです・・」と気丈に話す。   
 この絵を頼む事で自分にそれを言い聞かせたいのだという。               

 本当に大変な道のりだが、勇さんになら出来ると思う。応援したい。           

佐藤家は必ず再建します、と力強く言ってくれた勇さん。頑張って下さい。 夕参りの途中にある田んぼも稲が育ってきた。暑い夏は稲にはいい。