面影画67


8月25日の面影画は伊藤 彰さん




描いた人 松下毅宏(たけひろ)さん 六十七歳 知人                  

 毅宏さんは五年前まで銀行に勤めていた。定年になってからは、好きなゴルフを楽しむ悠々自
適の生活をしていた。                                 
 ゴルフの大会にも出るくらいの腕前で、最近はハイブリッド車に替えてゴルフに行くのも更に
楽しくなっていたようだった。                             

 家は気仙沼市にあり、子供は長男長女に恵まれている。今は二人の孫と遊ぶのが何より楽しみ
で、生き甲斐にもなっていた。小さい子は昔から大好きで、親戚の子供たちをよく可愛がってい
た。孫が出来て、子供好きに拍車がかかったようだった。                 

 三月十一日、毅宏さんは出先から娘さんと幼稚園の孫を迎えに向かった。津波警報が出て、道
路は避難する車と人でごった返していた。毅宏さんは「お前だけでも先に行け!」と娘さんを車
から降ろして幼稚園に向かわせた。                           
 幼稚園に向かった娘さんが見たものは、水路から溢れ上がってくる津波だった。必死で首まで
水に浸かりながら近くのマンションに逃げ込んだ。                    
 目の前を車や家がギシギシと音を立てながら流されてゆく光景はこの世のものとは思えなかっ
た。                                         
 娘さんは毅宏さんと携帯で連絡を取った。「車に水が・・」というのが毅宏さんの最後の言葉
だった。                                       

 奥さんの勤務先は一時七百人もの人が避難してきて、大変な状況だった。娘さんは連日、避難
所を回って毅宏さんを探した。埼玉にいた息子さんも帰って来て父を捜した。        
 そして、震災二十二日後、毅宏さんの誕生日前日、なんと息子さんが毅宏さんを発見した。 

 車が折り重なるように流されていた場所に、毅宏さんの車があった。そして、その中にシート
ベルトを付け、運転席でハンドルを握ったままの毅宏さんがいた。震災二十二日後に、息子が見
つける・・まるで奇跡のような出来事。                         
 奥さんは言う「息子に最後の親孝行をさせてあげるなんて、立派な最後でした・・」息子に親
孝行させるために待っていた毅宏さん。そうとしか思えない巡り合わせ。          

 家族の喪失感は大きい。彰さんは親しい友人として、お世話になった恩人の家族に面影画をプ
レゼントしようと申し込んだ。少しでもみんなが元気になれれば、という彰さんの思いを込めて
絵を描かせていただいた。                               

 彰さんにおくる、お世話になった毅宏さんの記録。                   
 毅宏さんのご冥福をお祈りいたします。                        



 8月25日の面影画は伊藤 彰さん。                         

 津波で亡くなられた知人を描かせていただいた。                    

 二十年来の付き合いがあり、お世話になった人が津波で亡くなり、その面影画を失意の奥さん
に贈りたいという。                                  
 にっこり笑った写真を持参していただいた。伊藤さんの気持ちが、失意の奥さんに伝わるよう
明るく笑った恩人を描かせていただいた。                        

お世話になった人の面影画を奥様に届けたいという伊藤さん。 ヤマボウシの実が色づき、音符のように風にゆらゆら揺れている。