面影画
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8月27日の面影画は小山(おやま)悦子さん
描いた人 小山史織(おやま・しおり)さん 十七歳 娘
史織さんは将来を嘱望されたサッカー選手だった。兄の影響で、小学3年生からサッカーを初
めた史織さん。足の速さと、天性の素質を開花させ、みるみる頭角を現す。
小学六年生で県選抜。中学三年生の時に国体選抜チームに選抜された。男子に交じってもその
才能と技術はひけを取らなかった。
高校は大船渡高校、鹿島アントラーズの小笠原選手の母校でもある。このサッカー部に初めて
の女子選手として入部した。
一方、女子チームとして水沢ユナイティッドFCに加入し、ここでプレーをしていた。
サッカーで明け暮れていた学生生活だったが、悦子さんは「転機があったんですよ・・」と語
る。その転機とは、中学の時ナショナルトレセンに呼ばれたこと。サッカーのエリート養成コー
スに乗ったことになる。
しかし、二回目のトレセン招集に史織さんは参加しなかった。学校の文化祭と重なったからだ
。史織さんはピアノもやっていて、歌の伴奏や劇の音楽を担当していた。史織さんはサッカーエ
リートの道を自ら降りた形になった。
学校の友達や、学校での自分の役割を果たすことを優先した。もちろん、たまたま行事が重な
っただけで、サッカーを止めた訳ではない。それが証拠にその後も代表に選抜されるなど関係者
の目には将来を嘱望されていた。
ただ、両親の胸の中には「あの時トレセンに行っていれば、史織も違った人生があったかもし
れない・・・」こうなってから、あらためて思う転機でもあった。
三月十一日、悦子さんと史織さんは高田市内にいた。大きな地震があり、避難所となっている
市民会館に避難した。ところが、誰も想像しなかった大きさの津波が市民会館を襲う。
避難した人々もその津波に呑み込まれてしまった。
悦子さんは史織さんと手をつないで逃げた。津波に呑み込まれ、手が離れてしまった。「おか
あさん」という史織さんの声とともに。
悦子さんは必死にもがいた。奇跡的に流れがゆるやかな所に出て、泥の中から救出された。そ
の様子はNHKに放映されていた。
三月十五日、史織さんは遺体で発見された。県選抜の十番を付けたエースストライカーは帰ら
ぬ人となってしまった。
この様子を、日刊スポーツの三月二十八日号が裏一面で特集している。見出しは以下の通り。
・つないだ母の手離れ「おかあさん」の声残し波に・・・
・震災4日後遺体で発見『未来のなでしこ』女子高生
・小笠原の後輩、岩手県選抜エース小山史織さん
・大船渡の紅一点 ・中3から県選抜 ・荒川サイン宝物
悦子さんが言う「最初のころはいろいろあってゴタゴタしていたので、その日を過ごすのがや
っとだったんですけど、こうして少し静かになって、涼しくなって時間が空くとダメなんですよ
ね・・・思い出しちゃって・・」
史織さんの部屋はまだそのままになっている。家の中には史織さんの思い出がいっぱいだ。何
を見ても、何をしても娘を思い出してしまう。
友達のように何でも話していた。毎日の娘の成長が楽しかった。
「家がなくなった人も大変ですけど、家に何もかも残っていて本人だけがいないのは本当につら
い・・」悦子さんの涙が止まらない。私もかける言葉がない。
「まだ、ふらっと帰ってくるような気がしてならないんです・・」「いつ帰って来てもいいよう
に、毎日しているんですよ、おかしいですよね・・・」
けしておかしいことはない。亡くなってしまい、体はなくなってしまったかもしれないが、史
織さんはまちがいなくいる。悦子さんが思い出している時にそこにいる。
だから、いっぱい思い出してあげることだ。悲しむこととは別に思い出してあげることだ。ず
っと悲しみ、泣いている母を史織さんも望んではいない。
絵のリクエストはサッカーをしている史織さん。水沢UFCのユニフォームを着て、笑顔でサッ
カーをしている史織さんを描かせていただいた。未来のなでしこジャパンエースの姿を。
この絵が少しでも悦子さんの心の空白を埋めてくれればうれしい。
悦子さんにおくる、最愛の娘、史織さんの生きた記録。
史織さんのご冥福をお祈りいたします。
8月27日の面影画は小山(おやま)悦子さん。
津波で亡くなられた娘さんを描かせていただいた。
女子サッカーの有望選手だった娘さん。
かつて岩手県選抜のエースナンバー十番をつけていた選手だった。将来のなでしこジャパンを
目指していた娘さんのことは新聞でも取り上げられた。
サッカーだけでなく娘の成長を楽しみにしていたと、涙ながらに娘さんの話をする悦子さん。
かける言葉がなかった。
家が流された訳ではない。何もかも家にある。しかし、本人だけがいない。このつらさは計り
知れない。何を見ても、何をしていても娘を思い出してしまうという。
所属チームのユニフォーム姿で、笑顔でサッカーをしている娘さんを描かせていただいた。
娘はすぐにでも帰ってきそうな気がするという悦子さん。
娘さんの死を惜しむスポーツ新聞。裏一面で特集された。