面影画


6月6日の面影画は伊藤ひろみさん




 描いた人 中山信夫さん 78歳 父                      
      マックス   犬                          

 信夫さんは若い時から左官職人だった。この地方では気仙大工が有名で、多くの職人を
排出しているが、左官職人は少ない。                       
 家を建てる際に土間のたたきを一番に作るのが左官の仕事だった。腕を見込まれて各地
に出稼ぎに行っていた。北海道で働いていた時に奥さんと知り合い結婚した。     
 その後地元に戻り、若い職人を育てながら65歳で定年を迎えた。しかし、腕のいい左
官職人は少なく、昔ながらの壁塗りなどが出来る人がいなかったため、建築会社に請われ
て70歳まで地元で働いていた。                         

 定年退職後は家の事や畑のこと、犬の散歩など、一日いっぱい何かしている人だった。
ひろみさんから見た父は頑固な人だったが、犬のマックスを飼うようになってから見違え
るほど穏やかな人になった。                           
 信夫さんはとにかくマックスを可愛がった。いつも3時には散歩に出かけた。マックス
も信夫さんといる時が一番嬉しそうだった。年に何度かマックスを連れて気仙川にアユ釣
りに行く事もあった。                              

 3月11日、いつものようにマックスを散歩に連れて行こうとした時に地震が来た。家
にいた三人で外に飛び出した。地震はなかなか収まらず、信夫さんは「高い所に行け!」
と叫んだ。ひろみさんは、たまたまカバンに大事なものがまとめて入っていたので、それ
を持って逃げた。着の身着のまま母を連れて逃げた。たまたま通りかかった知り合いの車
に乗せてもらい、高い所に逃げられた。                      

 「俺はすぐ後から行くから!」という信夫さんの声。体が丈夫だった信夫さん。地区の
班長をやっていて、防災指導などもしていた。責任を感じる人だった。        
 「マックスが遅れてる」下の方から波というか、何かの塊のようなものが家を押し上げ
ながら迫ってくる。ひろみさんが振り返ったら信夫さんの姿がなかった。       
 下から来た人が「うちらに早く上がれ、上がれって言いながら、なんで下に行ったんだ
い」と怪訝そうに言う。信夫さんは遅れていたマックスを連れに行ったのだ。     

 結婚して50年、おととし市の合同金婚式がキャピタルホテルで行われ、信夫さんもそ
れに出席した。4月、父と母、二人が盛装して満開のしゃくなげの前で撮った記念写真。
二人が並んで撮った唯一の写真だったが、津波が全てを流してしまった。       

 孫の就職を喜んでくれたおじいちゃん。「いいところに就職出来て良かったな」と孫の
成長を楽しみにしていたおじいちゃん。年に何度かアユ釣りに行き、釣ったアユに塩を振
って冷凍し、孫が帰ってくるまで食べなかったおじいちゃん。            

 天国でマックスと一緒にみんなを見守ってくれているに違いない。         

 ひろみさんにおくる 大好きだったお父さんの記録。               
 信夫さんのご冥福をお祈り致します。                      



 6月6日の面影画は伊藤ひろみさん。                      

 津波で亡くなられた父の信夫さんを描かせていただいた。             

 リクエストは愛犬のマックスを一緒に描くこと。読売新聞の記者さんが取材したいとい
うことで、最初から最後まで一緒だったので、すごく緊張した。           
 知らない人が見ている中で絵を描くのは初めてだったが、いやはや手が震えて困った。

 出来上がった絵にひろみさんも納得してくれ、うれしかった。絵を渡すときの緊張感が
まだ慣れていないのでドキドキしている。その日のうちに仕上げて渡すのはけっこう厳し
い。                                      
 でも、絵を渡したときの達成感はすばらしい。                  

周辺の田んぼは植えられたばかりの苗が風に揺れていた。 ひろみさんは「そっくりだ」と喜んでくれた。