決勝アウェーで価値あるドロー


ACL決勝はイランのセパハン。アウェーゴールを上げてのドローは浦和が有利。


11月7日(水):フーラド・シャーハースタジアム:ACL決勝1st:セパハン(イラン)


ACL決勝の地は日本からはるか遠く、中東イランの古都エスファハンに決まった。イラ
ンかUAEかという展開だったが、いずれにしてもはるか遠く中東の地まで行かなければ
ならない。11月5日(月)夕方、「じゃあ、これからイランに行ってきます」と会社
を出て、羽田に向かった。羽田発19時55分の日本航空便で関空に向かう。ここから
長い長い空の旅が始まった。                          

関空で2時間のトランジット。深夜の関空は人影もまばらで静かだった。22時45分
発のエミレーツ航空でドバイへと飛び立つ。エミレーツ航空の機内環境は快適だった。
そろそろ寝ようかと思った深夜1時にいきなり機内食が出て眠りを妨げられた。なんで
こんな時間に?とは思うが断らずに全部平らげた。その後、うつらうつら寝ながら11
時間飛行してドバイに着いたのが現地時間の朝5時だった。ちなみに日本との時差は5
時間で、進んだ時計を5時間戻すことになる。                  

羽田から15時間かけて到着したドバイ空港。 ここは24時間眠らない街。すべての施設が24時間営業。

ドバイはまだ真っ暗で、何も見えなかった。ここで更に乗り継ぎで5時間待機。今度は
イラン航空に乗り換えてテヘランに向かう。イラン航空は10時出発の予定が1時間半
遅れて11時半に出発した。この辺に来ると1時間とか2時間は普通に遅れるものらし
い。今回はセリエのツアーで来ているのだが、4方向からドバイに集まった60人程が
ここから一緒にになって行動することになった。今までのツアーで見知った人も多く、
挨拶も交わしていたら、韓国で一緒に旗を振ってくれた藤田さんが一緒だったのが嬉し
かった。                                   

空港内には男女に分けられたモスクがあり、お祈りが出来る。 テヘランに飛ぶイラン航空の飛行機。設備はかなり旧式。

テヘランに無事到着したはずだった。ところがここで大きなトラブルが発生した。入国
にはビザが必要なのだが、事前の書類ではテヘランの空港で取得できるということだっ
たので誰も取っていなかった。空港の申請コーナーに行ったら60人からのビザ申請は
想定外だったようで、受付がパニックになってしまった。用紙が無い。セリエの担当者
が窓口になって交渉し、グループビザとして発行してもらえることになった。さっそく
用紙がコピーされて全員に回される。細かい申請書類を全員が書き込み、窓口に積み上
げる。係員はそれを一人で一人分ずつ手書きで書き込んでビザを作る。いやはや何時間
かかるか分からない作業が続いている。幸い、ここからの乗り換えも6時間のトランジ
ットだったので問題なかったが、このために計画されていたテヘランの観光は無くなっ
た。結局4時間待って60人を3つのグループに分けたグループビザを発行してもらい
、各グループが一列になって入国審査を受けることで外に出られた。        

テヘラン空港にやっと到着した一行に思わぬアクシデントが。 ビザを発行する窓口。人も設備も整っていないので大混乱。


何時間も待たされて、さすがに疲れてきた仲間達。 やっとイランに入国し、乗り換えの為の空港へと向かう。

混乱のうちの入国だったが、ここはイラン。トイレや服装の調整や両替も必要で、皆あ
っちへ走り、こっちへ走りと忙しかった。一番大変だったのは添乗員とガイドさんだっ
た。散ったメンバーを集めてバスに誘導し、国内便への乗り換えの為テヘラン市内のメ
フラーバード空港へと向かう。約1時間かかるメフラーバード空港で、またエスファハ
ンへの搭乗手続きをしなければならないのだ。移動の車内でガイドのリアザディさんが
流暢な日本語でイランの事をいろいろ説明をしてくれた。私は窓の外のテヘランにに目
を奪われていた。乾いた土と岩と砂の世界。スターウオーズのザトウィーン星はここが
モデルなんじゃないか?・・という景色だった。この国がアメリカと戦っているんだと
思うと、何だか不思議な気がした。                       

イラン人ガイドのリアザディさん。日本語が上手でした。 このバス2台に分乗してメフラーバード空港へ向かう。

メフラーバード空港に到着し、エスファハン行きの飛行機にチェックインするまでがま
た大変だった。60人からの人間が一斉に何かをしようとすれば必ず行列になる。行列
には慣れているはずのレッズサポもさすがに疲労の色が濃くなってきた。長い待ち時間
のあいだ、空港のポリスと片言の英語で話した。韓国人と間違えたので強く否定し、日
本からサッカーの応援に来たことを伝えると驚いていた。明日にはこの5倍の日本人が
来るよと言っておいた。残念ながらイランではまだ浦和よりも川崎の方が知名度は高か
った。しっかり「浦和レッズ」を覚えておくようにと言っておいた。        

空港のチェックインも大勢なので大変だった。 さあ、イラン航空で決戦の地エスファハンへ。

18時発イラン航空255便は無事テヘランを飛び立ち、1時間後エスファハン空港に
到着した。決戦の地エスファハンはすでに真っ暗で何も見えなかった。空港から市内へ
と向かうバスの車内で猛烈な眠気に襲われた。考えて見れば日本時間では深夜12時に
なる訳で、前夜の眠りも浅かったのだから仕方ない事だ。バスは沈黙に包まれていた。
ホテルまで1時間ほどかかった。夜のエスファハンは照明と夜景がきれいで見とれてし
まった。イランのオアシスと言われるのがよく分かった。緑がとても多くて、沢山の市
民が散歩する公園や市街地がとても美しかった。                 

エスファハン空港に到着。すでに夜になっていた。 バスでホテルに向かう。途中で見た公演の夜景。

20時30分アルカプホテルに到着。ほぼ24時間、時差の5時間を足すと29時間の
移動がやっと終わった。ホテルの広い食堂で夕食。しかし、夕食はバイキング。レッズ
サポはここでも並ばなければならない。ケバブ、ナン、鶏肉の煮物、サフランご飯、ピ
クルスなどを取って食べる。味はどれも美味しかった。酸っぱい漬け物だけは口に合わ
ず、残した。食後に部屋のカギを受け取り、各自やっと眠れる場所へと向かった。部屋
に入り、バスタブに湯を張り、すぐに入って体を温める。エスファハンは思ったより寒
かった。汗を流し、ベッドに入ったらあっという間に爆睡してしまった。      

ホテルの食堂でバイキングの夕食。美味しかった。 朝のエスファハン市内。通勤、通学の人が忙しそうだった。

朝6時半起床。顔を洗い、着替えて、朝食を済ませて、散歩に出かける。ホテルの近く
にはサーヤンデ川にかかる美しいスィー・オ・セ橋が歩いて5分のところにある。早朝
のエスファハンは通勤や通学の人が忙しく行き交い、昨夜の幻想的な町とは別の町のよ
うに活気に溢れていた。この橋の様子や世界遺産のエマーム広場探訪記はこことは別に
まとめて「旅いろいろ」のコーナーに書きたいと思う。              

ホテルから歩いて5分の場所にある史跡、スィー・オ・セ橋。 橋の上から見るサーヤンデ川、噴水の虹がきれいだった。

午前中の市内観光でのエピソードをいくつか。イランの人はとても写真好きだった。ど
こに行っても一緒に写真を撮ってくれと頼まれ、何人もの人と肩を組んで写真を撮った
。観光地では特にそういった人が多く、我々は好意的に迎えられた。ほとんどの人がセ
パハン対浦和レッズの事は知っていて、中には煽ってくる若い人もいた。モスクに行っ
た時、女子高生の集団と遭遇。一人の若いサポがえらく気に入られて、女子高生に囲ま
れてしまった。代わる代わる写真を撮られ、レプリカを真ん中に写真を撮っていた。彼
はイランに移住すれば大スターになれるかもしれない。みんなは遠巻きに笑いながら眺
めていた。私が話した空港職員、ポリス、エマーム広場の警備員、店の店員などもみな
好意的で親日家風だった。考えていたイランとずいぶん違っていた。        

イランの人は写真好き。どこでもすぐに撮影会になる。 女子高生に大人気だったレッズサポ。交流に一役かった。


上にまたがると願いが叶うというライオン像。今日の勝利を。 昼食は市内のレストラン。イラン料理は不思議な味だった。

市内のレストランでイラン料理を食べ、いよいよ決戦の地へと向かう。今回の目的地、
セパハン対浦和レッズの対決が行われるフーラド・シャーハースタジアムは市内からず
いぶん離れていて、高速道路で1時間ほど走らなければならない。高速道路を走ってい
た我々のバスに併走する車から多くの人が顔を出している。黄色い布を振り、何か叫ん
でいる。セパハンのサポーターだ。次から次にそういう車が現れる。ガイドさんの話で
は、こういう大型バスが走ることは滅多にないので浦和の選手かサポーターだと判断し
たようだ。中には普通のセダンの後部座席に6人くらいが折り重なっていたり、すごい
連中だ。何だかワクワクしてきた。もちろん我々もタオマフを振って挑発仕返す。  

フーラド・シャーハースタジアムに到着。すでにスタンドは黄色いサポーターで埋まっ
ている。弾丸ツアーのバスがまだ到着していないので、車内で待機するよう伝えられる
。その間にトイレに行くと、公園内のトイレが「浦和レッズ専用トイレ」となっていて
周囲を軍の人たちが警備していた。浦和スタッフのこの一戦にかける思いが伝わってく
る気がした。ここまで配慮されていると思うと何だか申し訳なくなる。その分、必死で
応援しようと思う。                              

スタッフが事前に手配してくれた専用トイレ。有り難かった。 弾丸ツアーも到着し、さあ、入場だ。

30分後、弾丸ツアーの大型バス7台が到着。バスから降りてくるサポの顔も疲労の色
が濃い。角さんも寝不足のためか目が窪んでいる。スタジアムはすでに満員状態で、黄
色いレプリカや旗がここぞとばかりに振られている。我々の入場に盛大なブーイングが
沸き起こった。レッズサポはいつものようにダンマク貼りに走り回る。またたくまに我
々の陣地が、いつものゴール裏があっという間に出来上がる。大旗が準備され、いつも
のように角さんが中央に立っている。対するセパハンは異常にテンションが高い。全員
がコールの練習をしている。コーランの合唱で慣れているせいか、良く声が出ている。
正直なところ、今までで最高のアウェーと言えるかもしれない。          

いよいよスタジアムに入場。セパハンサポからはブーイング。 セパハンのバックスタンドを背景に記念写真を撮る。


セパハンサポーターはすでに満員。コールを練習していた。 一緒に旗を振ってくれた藤田さん。

藤田さんと二人並んで旗を振り始めた。セパハンを煽る歌手が出てきて、セパハンの応
援歌を大音量で歌う。我々の目の前でやるのでちょっとウザかった。そこを通る選手も
迷惑そうだった。イベントもいいが、選手の邪魔になってはいけないだろう。それとも
これもイヤガラセなのか。そんな中、都築がピッチに現れた。我々の都築コールにブー
イングが湧き上がる。さあ、アウェーの戦いの始まりだ。             

セパハンの選手が出てきてアップを始めた。 レッズの選手もアップを始めたので選手コールをする。

選手紹介が行われたがアラビア語なので誰にも分からなかった。英語で繰り返されて初
めてそれと知り、慌ててコールしたが、何だか出鼻をくじかれた。選手コールから浦和
レッズコール、フォルツァ浦和、アイーダと歌が続き、FIFAのアンセムに合わせて選手
が入場。スタジアムが歓声に包まれる。最前列で発煙筒が焚かれた。思い切り旗を振る
。啓太がキャプテンマークを着けてトスをしている。この大事な試合、オジェックは4
バックで戦うようだ。ネネ、坪井、堀之内、阿部の4枚がディフェンスで並んでいる。
あまり見たこと無い布陣だが、大丈夫なのか?                  

選手入場に合わせて最前列で発煙筒が焚かれた。 セレモニーの間もずっとコールし続ける。

そしてキックオフの笛が鳴る。叫び、飛んで旗を振る。立ち上がりは両チームとも様子
見の感じ。セパハンは高さがあるのにショートパスをつないで来る。攻めに高さを使っ
てこないので怖くない。城南ほどの怖さは感じない。こっちでは長谷部とポンテの動き
が目立つ。セパハンは良い攻めでシュートまで来るが、そのシュートが悪い。レッズは
チャンスは少ないがゴールに肉薄する。永井の二度のシュートが惜しかった。最初のシ
ュートはヘッド。当てるだけで入りそうだったが、枠の外。二回目のシュートは美しい
弾道でゴールに飛んだがポストに弾かれた。あのシュートは本当に惜しかった。   

この辺からセパハンが静かになってきた。そして、前半終了間際の44分だった。ポン
テのシュートがポストに当たってゴールネットに吸い込まれた。待望の先制点。欲しか
った先制点がポンテの右足から生まれた。「ロビー!!」「ポンテ〜最高!」みんなで
ハイタッチを繰り返し、旗を振る。ポンテがこっちに走ってきて胸のエンブレムにキス
をする。最高だ。そのまま試合はハーフタイムへ。素晴らしい時間帯での得点だった。

前半終了間際、ポンテのシュートが決まって大歓声。 開始線に戻るレッズの選手達。

ハーフタイムにトイレに行くと、浦和のスタッフから「トイレに行く人は走ってくださ
あい・・」と声をかけられた。無用な摩擦を防ぐスタッフの細かい気遣い。もちろん、
往復とも走って用を済ませる。いつの間にか、ゴール裏の場外スペースにただ見の観客
がズラリと並んでいた。最初は規制していたのだが、止められなかったようだ。双眼鏡
でぐるりと見わたしても女性の観客は一人もいない。やはり、女性がスタジアムに来る
事は出来なかったようだ。女性のレッズサポがテレビに映り、話題になって、いつの日
かイランでも、女性がスタジアムで観戦出来るようになれば良いのだが。      

いつの間にかゴール裏の芝生にタダ見の客がいっぱい。 後半開始の笛が鳴った。

後半開始直後からレッズがセパハンに押し込まれる。そして、あれよあれよという間に
こぼれ玉を蹴りこまれて同点になってしまった。あっけに取られる我々を押しつぶすよ
うにスタジアムが大歓声に包まれ、バックスタンドでは何かが爆発した。今まで静かだ
ったセパハンサポがここから急に元気になり、津波のように声が押し寄せてきた。口笛
のような音も激しくなり、圧迫してきた。我々も負けないように浦和レッズコールを叫
ぶ。ポンテと啓太が再スタート前に両手を使ってみんなに落ち着こうとジェスチャーで
示しているのが見えた。まだ同点だ。                      

ここから相手の圧迫が強くなり、激しさを増してきた。レッズは時に5バック、6バッ
クとなりながらも耐える時間が続く。ハラハラしながら不安を押し殺すように叫ぶ。前
線のチェイスが少ない分ボランチが上がれなくなり、啓太と長谷部の前にポッカリと空
いてしまうスペースをセパハンに好きなように使われてしまう。セパハン、強いよ。し
かし、レッズの粘り強い守りに、さすがのセパハンも攻めきれない。我々は声を限りに
選手の背中を押す。                              

現地に時計が無いので時間が分からない。達也が出てきて永井と替わった。3トップで
はなく、2トップの一角に入った達也だったが、前線でのチェイスが活発となり、ここ
からやっとレッズが盛り返す形になった。セパハンの足も止まった。後半になると足が
止まるというのは本当だった。ここからはレッズが押してセパハンがカウンターを狙う
という展開になった。もしかしたらこれがセパハンの狙いだったのか?というくらい怖
いカウンターが連続した。しかしゴールだけは割らせなかった。最後は得点の匂いもあ
ったが失点の匂いもあった。ギリギリの勝負だったと思う。そして終了の笛がなった。

後半開始直後の失点。集中できていなかった。 1対1のドローで試合終了。

1対1のドロー。アウェーゴールを奪っての同点なら御の字だ。セパハンはサポーター
からブーイングを受けている。こちらに挨拶に来た選手を盛大な歓声で迎える。本当に
よくやってくれたと思う。あとは14日のサイスタで勝てば良いのだ。何だかんだ言っ
ても最後はこういう形になるのが今のレッズの強さなのだと思う。どんな形であれ、最
後に一番上にいれば良いのだということを選手もサポーターも分かっている。    

ダンマクやゴミを片付けるサポーター。 セパハンサポが帰るまで待たされた。寒くて風邪を引いてしまった。

試合後、セパハンのサポーターが帰るまでその場に止められた。また、弾丸ツアーの人
たちのバスを優先させるという事だったので、我々がスタジアムを後にしたのは1時間
ほど後のことだった。すっかり誰もいなくなったフーラド・シャーハースタジアムを眺
めながら「多分もうここに来る事はないだろうな・・」と思っていた。セパハンは今、
大きなスタジアムを建設中なのだ。ベージュの岩山を背景にした砂漠の中のスタジアム
。この風景は一生忘れないだろう。

市内まで1時間のバス移動。エスファハンの夜景が美しい。イランで一番美しいとされ
る町エスファハン。思えばACLの戦いは様々な都市との戦いでもあった。シドニー、上
海、ジャワ島のソロ、韓国の全州と城南、そしてイランの古都エスファハン。我が浦和
が国際的な知名度でいったいどの都市に勝てるだろうか。あえて言えば城南くらいか。
しかし、海を渡って戦う選手達とサポーターはどのチームにも負けなかった。こんなサ
ポーターはどの都市にもいなかった。                      

アジアナンバーワンまであと1勝。遠かった夢が現実になる。           


11月7日(水) AFCチャンピオンズリーグ 決勝 第1戦             
セパハン 1 - 1 浦和 (21:30/イスファハン)                 
得点者:45' ポンテ(浦和)、47' マフムド・カリミ(セパハン)         


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