山里の記憶
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こんにゃくを作る:黒田キクヱさん
2012. 11. 29
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十一月二十九日、小鹿野町の河原沢にこんにゃく作りの取材に行った。前回、こんにゃ
く栽培の取材でお世話になった黒田嘉一さんの家だった。今日の主役は奥さんのキクヱさ
ん(八十三歳)で、生芋から食べられるこんにゃくを作るまでを取材させて頂いた。
今日は娘のあき子さんも来てくれて、手伝ってくれた。ほかにも近所の奥さんが、キク
ヱさんのこんにゃく作りを勉強したいと見に来ていた。近所でもキクヱさんのこんにゃく
は美味しいと評判のこんにゃくなのだ。
生の芋からこんにゃくを作る行程は初めて見るので、興味津々の取材が始まった。
こんにゃく芋は四個。重さは二、五キロある。これをまず皮むきする。芽の部分にはソ
ラニンという毒があるので深く包丁でくり抜く。赤い小さなツブツブも芽なので、そぎ落
とす。皮はピーラーでむくのだが、少し黒い部分が残るくらいにむくと、出来上がりがこ
んにゃくらしい色になる。全部皮を取るとまっ白になるが、こんにゃくらしくなくなる。
生のこんにゃく芋を扱うのは必ず手袋をする。サトイモよりも強烈なかゆみ成分を持っ
ているので、素手で扱うと後がかゆくて大変なことになる。
芋は生だが、すでに一ヶ月くらい乾燥したものだ。堀りたてのみずみずしい芋と違って
乾燥しているので後で量が増える。それを計算して、作業を進めなければならない。
生芋の皮をピーラーでむく。手袋をしないとかゆくなる。
炭酸ナトリウムの容器と今回の使用量70グラム。表示より多め。
皮をむいた芋は包丁で半分に切り、更に二センチくらいの暑さにスライスする。鍋で茹
でるので、茹でやすい形にする。切った芋を寸胴鍋に入れて水から茹でる。湯が沸騰して
から四十分くらいとろ火で茹でる。
キクヱさんの鍋はこんにゃく専用で、ジュラルミン製の鍋だ。アルミの鍋だとアクで真
っ黒になってしまうので、コンニャク作りにはホーローかジュラルミン製の鍋がいい。
フタはしないで煮る。「煮えこぼれると汚れちゃってどうしようもないかんね・・」
「こんにゃくは塩っ気があると固まらないから、道具はよく洗っておくんだいね・・」
芋を茹でている間にアクと呼ばれる液体を作る。使うのは炭酸ナトリウムの粉末と熱湯
だ。キクヱさんはソーダと呼んでいる。山菜のアク抜きなどに使う重曹は炭酸水素ナトリ
ウムで成分が違う。これは、こんにゃくのアク合わせ用に農協で売っている。
使用量の基準は芋一キロに対して二十五グラムとなっているが、キクヱさんは少し多め
に使用する。「アクが効かねえと固まらねえかんね、少し多めに使うんだいね・・・」
今回は二、五キロの芋なので、基準であれば六十二、五グラムのソーダを使うのだが、
キクヱさんは七十グラムを計った。これをボールに入れ、熱湯六百グラムで溶く。
「お湯の量なんか目見当なんだい・・」というので、こちらで計らせてもらった。良く溶
かせば、冷めてもアクとしての効き目は変わらない。
鍋の芋が茹で上がった。冷たい水を鍋に加えお湯を温くする。この湯と芋をミキサーに
十五から二十秒くらいかけて、大きなタライに入れてゆく。これは温かいうちにやらなけ
ればならない。みるみるうちにこんにゃくスープのようなものが出来上がった。
大きなしゃもじでこねるようにかき回すキクヱさん。「ここで良く練ると、のめっこい
こんにゃくになるんだい・・」練ると次第に固くなる。スープ状だったものが、徐々にペ
ースト状に変化してくる。固くなると、そこに人肌くらいのお湯を少しずつ加え、更に練
ってゆく。水で増えて膨らみ、更に量が増してくる。湯もみと呼ばれる行程だ。
乾燥した芋とみずみずしい芋では、この段階での増え方が違う。乾燥した芋の場合、明
らかに量が増えてゆく。何度も何度も練り回すことでのめっこいこんにゃくになる。
固さとのめっこさがちょうど良くなった時に、アク合わせを行う。先ほど作っておいた
アク(炭酸ナトリウム溶液)を、湯もみしたこんにゃくに少しずつ加え、素早くかき混ぜ
る。白っぽかったペーストがほんのり赤っぽく色づく。全体にその色が染まるように素早
くかき混ぜるこの作業が、コンニャク作りのコツだと娘さんは言う。この見極めがこんに
ゃくになるかならないかの道を分ける。
「アクが弱いと固まらないし、強すぎてもボロボロになっちゃうし、けっこう難しいん
だいね・・・」「いつもやってるから大丈夫だけど、たまにやると失敗することもあるん
だいね・・・」近所でも失敗する人が多いそうだ。
40分茹でた芋と湯をミキサーに15秒かけて、タライに入れる。
アク(炭酸ナトリウム液)を加えて素早く全体を混ぜると、色が変わる。
アク合わせの終わったこんにゃくはすぐに固まり始めるので、準備しておいたバットに
しゃもじで空気が入らないように平らに詰める。これも素早くやらなければならない。
今回は準備した二枚のバットでは足りず、三個目のバットを出して型入れに使った。
バットの上から手でアクを塗って、表面を平らに固めるのもキクヱさんのやり方だ。こ
うすると表面に照りが出る。手で押しつけて空気を抜く役割もある。これで作業は一段落
した。忙しく緊張した時間だった。このまま冷ませば、こんにゃくが出来上がる。
慌ただしい作業なのだが、流れるように進むのは、キクヱさんがいつもやっている作業
だからだ。段取りも良く、慣れている手際が出来上がりの間違いなさを教えてくれる。
バットで冷めたこんにゃくを包丁で豆腐一丁くらいの大きさに切る。手に水をつけて、
切り目に沿ってバットからはがして鍋に入れる。「ほら、いい感じで出来たよ・・」
これを鍋で茹でてアク抜きをする。水から煮て、沸騰してから四十分茹でれば手作りこ
んにゃくの出来上がりとなる。たっぷりの湯でしっかり茹でないとアクが残ることもある
から注意が必要だ。アクのエゴ味は強烈で、うっかり食べると一日消えないほどの強烈さ
だ。ここでしっかりアク抜きをしなければならない。
こんにゃくが茹で上がった。これを、水を張ったバケツに移す。この状態で保存しても
いいし、冷めたものをビニール袋に入れて冷蔵庫で保存してもいい。水がアクで茶色に変
わったら、水を取り替える。
さっそく、三角に刻んで鍋で茹で始めたキクヱさん。「これを田楽にすると旨いんよ」
と楽しそうだ。別の小鍋には田楽用のタレが作られていた。中身は味噌と砂糖を酒で煮た
もので、水を入れずに煮詰めると甘いタレになる。これを茹でたてのこんにゃくに付けて
食べようというのだ。何だか旨そうでワクワクしてきた。
「いいこんにゃくが出来たよ」と満足そうなキクヱさん。
出来たてのこんにゃくを田楽で食べた。何とも言えない旨さだった。
茹で上がりを待ちながら、炬燵でキクヱさんに昔の話を聞いた。
昔は仕事が終わってから、夜なべにこんにゃく作りをした。朝にそのこんにゃくを煮付
けて弁当にしたものだった。子供たちもそれを食べて育った。「こんにゃく作りが毎日の
仕事だったいねえ・・よくやったいね・・」
「今も暮れになるとこんにゃくを作って子供らに送ってやるんだい。喜ばれるんよ・・」
十九歳で嫁に来たキクヱさん。姑さんはおばさんに当たる人だったが、料理などはしな
い人だった。キクヱさんは何でも自分でやらなければならなかった。嫁に来る前に覚えた
うどんぶちも役に立った。
あんこ入りのまんじゅうを作ったら舅さんが「こんな旨めえもんは初めて食った・・」
と喜んでくれた。「自分でなんでもやったいねえ・・」「ねんねこなんか見よう見まねで
作ったもんだ」「長女の入学式に着るセーラー服も、誰かのを見てまねて作ったんだいね
、ジャンパースカートも作ったっけねえ・・」
畑がいっぱいあり、目が回るような忙しさだった。こんにゃくでは小鹿野町で一番にな
ったこともある。頑張って働いて、テレビも洗濯機も冷蔵庫も、耕地で一番先に買った。
こんにゃく作りで子供を大学に出した。金を貯めるより子供を出世させることが一番だ
と、夫の嘉一さんと話した。子供のために働くのが一番やりがいがあった。
今は、立派に育った子供たちを見て「うらやましいって近所の人が言ってくれるんだい
ね・・・」と微笑む。
田楽のこんにゃくが茹で上がって、炬燵に運ばれた。卓上にはこんにゃくの白和えやき
んぴら、白菜の浅漬けやうどんが並べられた。豪華な昼食になった。
こんにゃくに甘い味噌だれをつけて食べてみた。柔らかい弾力とサクッとかみ切れる食
感がいい。甘味噌とこんにゃくの香りが広がる。じつに美味しい味噌田楽だ。
ついさっきまで生の芋だったものが、不思議な化学変化を起こして、おいしい食べ物に
なった。一部始終を見ていても、なんだか魔法のようだった。