山里の記憶15


スカリを作る:千島 貴さん



2007. 12. 14



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 スカリとは山仕事をする人が荷物を背負う為の袋(今でいうリュックサック)のこと
。様々な形や編み方があるが、作る手間の大変さに最近はすっかり見かけなくなってし
まった。スカリはカンスゲというカヤツリグサ科の多年草(福島以西太平洋側の林内渓
谷岩場に育つ。秩父ではテギレスゲ、イワスゲとも呼ばれている。)の葉を細く裂いて
、縄に綯(な)い、それを縦縄・横縄にして編んで作る編み袋。縄をなうことが全ての
始まりで、縄をないながら編み進むので、出来上がるまでとても長い時間がかかる。 

 スカリを作ってみようと思い立った6月に、小菅でカンスゲを採取し、鍋で煮て水洗
いして乾かし、3ミリほどに裂いてスゲ縄をない始めた。3ミリほどの太さの縄が2百
メートル以上必要になるという事だったので、暇な時間にスゲ縄を必死でない続けた。
その間に、スカリ作りを教えてくれる人を捜したのだが、なかなか見つからなかった。
さいわい、栃本の廣瀬利之さんが知り合いの千島貴(たかし)さん(69)を紹介して
くれて、スカリ作りを始めることができた。                   

 2百メートルのスゲ縄を持って貴さんの家に伺ったのは12月5日だった。貴さんは
ニコニコと笑いながら「黒沢さんかい、利之さんから話は聞いてたよ。スカリを作りた
いんだって?」と話しかけてくれた。さっそくスゲ縄を見せると、すぐに作り方を教え
てくれた。物置からゴザと材料のスゲ、木枠、スズタケの束、手カギなどが運び出され
た。「これだけ縄がなってあればすぐに出来らいね」などと言いながら手がテキパキと
動き続けている。スカリにはいろいろなタイプがあり、様々な作り方がある。ここでは
、あくまで貴さんのスカリの作り方を書く。                   

貴さんが作ったスカリ。とてもスゲで出来ているとは思えない。 木枠に縦縄を巻く貴さん。きつく巻くと後が大変になる。

 縦42センチ、横35センチの型枠(木製)の上部にスズタケ16本を輪ゴムで束ね
て乗せる。この型枠がリュックサックの大きさになる。まずは縦糸になる縄を5ミリ間
隔で型枠に巻いていく。この時に上部のスズタケをぐるりと巻いて折り返してくるのが
ポイントだ。この、ぐるっと巻いている部分が、リュックサックの開口部になる。縦縄
は等間隔に片面56〜60本(縄の太さによって本数は変わる)をセットする。ここで
きちんと間隔を揃えておくと、仕上がりも綺麗になる。また、切れそうな部分はあらか
じめボンドで補強しておくことも重要だ。                    

 横縄は残った縄を二つ折りし、二本にして編み始める。型枠の底から縄編みで編み始
める。縦縄ひと目ずつ交互に織り込み、縄をなうように編むので縄編みという。一列編
んだら、ぐるりと周囲を編み進み、回りながら上へ上へと編んでいく。この部分がリュ
ックサックの底になるので頑丈な縄編みが適している。こう文章に書くと簡単だが、ひ
と目、ひと目長い縄を通しながら進むのは何とも時間のかかる作業だった。遅々として
進まない作業に貴さんと奥さんから励ましの言葉がかけられる。外での作業が寒くなっ
てきたので玄関の中に移動する。玄関の中は温室のように暖かかった。ただ、暖かくな
るとスゲ縄が乾燥するので、霧吹きで霧を吹きかけながら作業を続けた。      

 昔からスカリ作りは冬の間や雨の日の仕事だった。貴さんは子供の頃からおじいさん
に教わってワラジやぞうりを編んでいたという。スカリ編みは近所の人に教わったそう
だ。材料のカンスゲはお彼岸の頃採集するのがいい。それより前だと柔らかく弱い。そ
れより後だと固くなり、色も悪くなる。採集は一本一本抜くように採集する。この時に
手袋をしていないと鋭い鋸歯で手を切ってしまう。テギレスゲの呼び名はここから来て
いる。干して乾燥したカンスゲはスゲ縄をなう時に水気を与えて柔らかくする。スカリ
の横縄は2本のスゲ縄をないながら編み進むことになるので大量のスゲが必要になる。

 この日は底部分に当たる縄編みを終え、網代(あじろ)編みで模様を作る方法を教わ
って終了となった。昼から4時半までかかって5センチくらいしか編めなかった。背中
と腰がガチガチに固まり、動くのが大変だった。炬燵に入り、四方山話をしながらやっ
と人心地つくような有り様だった。貴さんが笑いながら「スカリ作りは根気がいらいね
え。何たって時間がかかるかんねぇ・・」奥さんも「今まで何人も教えてもらいに来た
っけが、最後まで出来た人は無かったいねえ」と笑いながら相づちを打つ。こんな有り
様でも、どうやら「やる気」だけは認めてもらえたようだった。この日は、リュックサ
ックの胴部分を編み終えるという大きな宿題を抱えて貴さんの家を後にした。    

 それから毎日、会社から家に帰ってスカリ編みをするのが日課になった。1メートル
のスゲ縄を2本ない進んで編み上げても2段にしかならず、わずか5ミリしか進まない
。まるで何かに取り憑かれたようにスゲ縄をない続け、網代編みを続けた。網代編みと
は縦縄を2本またぎ、2本くぐる編み方で、次の段に一目ずらすことによって斜め模様
を出す編み方だ。これを続けることで全体に斜めの線が走る模様に見える。単純な作業
をひたすら繰り返す。スゲ縄をなうのがだんだん上手になってきた。最初の頃の縄目が
未熟で恥ずかしくなる。                            

 単純に網代編みだけでは面白くないので赤と黒のヒモを買ってきて編み込んでみるこ
とにした。胴の中央部分に2本のうちの1本を黒ヒモにして網代編みを5段編み、次に
赤いヒモに変えて5段編み込んだ。赤と黒のレッズカラーが入ったスカリは間違いなく
私のオリジナルだ。そこからは逆方向の網代編みに編み進んだ。胴部分の上半分は斜め
の線が反対向きになる。こうして自分で模様を工夫しながら作るのがスカリ作りの醍醐
味かもしれない。胴部分を編み終わったら、上部のすかし編みを5本、縄編みで編んで
宿題が終わった。ここまでに一週間かかった。                  

手カギを使って最後のスカシ縄編みをしてくれた貴さん。 いよいよ型枠を外す時が来た。

 次に貴さんの家に伺ったのは12月11日の火曜日の午後だった。作業が思いの外早
く進んでいるので貴さんも驚いていた。早速玄関先にゴザを出してスカリ作り教室が始
まった。編み上げた胴部分を型枠から外し、裏表をひっくり返す。こうするといきなり
編み上げたスカリが丸く膨らみ、袋の形になった。「ほら、こうすると袋になっちゃう
んだいねぇ〜、不思議なもんだいなあ。昔の人は本当にえらいやねえ・・」型枠を外し
ていきなり変身したスカリにビックリした。自分が編んだものとは思えない、きれいな
立体がそこにあった。                             

 貴さんが口縄をなってくれた。この口縄を縦糸の口輪に結びつけて、もう一段長い口
輪を作る。何だか文章で書いても理解出来ないが、これは実際にやってみないと何をや
っているのか分からない。貴さんの作業を見ていても何をやっているのかサッパリ分か
らず、自分でやってみて初めて理解することが出来たほどだ。文章や絵で伝えるのはじ
つに難しい。そして、この日は肩縄の作り方を教わって時間となった。またしても大き
な宿題で、肩縄を2本編み上げて、胴体と連結すればスカリの完成となる。この日の作
業が終わって、やっと先が見えてきたような気分になった。肩縄作りの見本に、出来上
がったスカリを一つ借りて貴さんの家を後にした。                

裏表をひっくり返すとこんな形になった。 7ヶ月かけて出来上がった私のスカリ。草がリュックになった。

 翌日からまた自宅でスゲ縄をなう作業が始まった。肩縄には一尋(ひろ:両手を広げ
た長さ)の縄が6本必要になる。ひたすら6尋のスゲ縄をなう。出来た縄を6本に切り
、3本ずつに分ける。3本の縄を口輪に通し、開口部の長さで結ぶ。6本になった縄を
2本ずつで三つ編みにして10センチ。そこから6本を横に並べて、黒いヒモを横糸に
編み進む。肩に当たる部分を厚くする為と、幅を広くして肩当たりを柔らかくするため
だ。もちろんデザイン的な見映えも考えている。12センチほど編み込んだところで、
今度はヒモを赤に変える。赤いヒモも同じように12センチほど編み込む。     

 ヒモを編み込み終わったら、そこからまた三つ編みにして肩に背負う長さまで編み進
む。肩縄の長さを編んだら固結びにして止める。胴体の角に緒通し(おどおし)で穴を
開け、そこに6本の縄を通し、袋の内側でまた固結びする。この結びが肩縄のストッパ
ーになる。これで片方の肩縄が出来た。反対側も同じように編み進み袋の内側で固結び
する。余った縄の先端同士を袋の中で結ぶと抜けることはない。こうしてやっと私のオ
リジナルのスカリが出来上がった。                       

 山に生えているスゲで細い縄をない、その1本の縄でこのスカリを作る。昔の人の知
恵と技が凝縮しているスカリ。俗に「スカリは一生もん」と言われている。スゲ縄の強
さと精緻で工夫された編み込み模様。使うほどに愛着が湧いてくるものなのだろう。実
際に自分で作ってみて、スカリ作りの大変さがよく分かった。貴さんが「2〜3万円出
すって言われたからって、そう簡単には作れないやねぇ・・」と言っていた言葉が実感
としてよく分かる。スカリ作りの大変さは実際にやってみて初めて分かるものだった。