yamazato-171.html
山里の記憶171


害獣駆除:湯本賀久さん



2015. 9. 29



絵をクリックすると大きく表示されます。ブラウザの【戻る】で戻ってください。


 九月二十九日、小鹿野町両神に害獣駆除の取材に行った。取材したのは湯本賀久(よし
ひさ)さん(七十五歳)だった。自宅に伺って写真を見ながら害獣駆除の話を聞いていた
ところに突然電話が入った。電話の主は岩崎宏さん。県会議員で「ちちぶのじか」の企画
・推進を行なっている人だ。今回の取材を斡旋してくれた人でもある。        
 電話の内容は「今、鹿が獲れて、これから解体するところだから見に来ないか」という
もの。賀久さんと一緒にすぐ伺うと伝えて、急いで車に向かう。解体の場所は小鹿野の精
肉会社の作業場だ。駆除した鹿やイノシシはここで解体して加工している。      

 車で二十分走って作業場に到着したら、すでに解体が始まっていた。解体は鮮度を考え
ると、なるべく早く作業しなければならない。テキパキと作業が進むのを邪魔にならない
ように写真を撮りながら見学する。岩崎さんが横で解説をしてくれる。        
 解体は三十分ほどで終わった。流れるような速さに圧倒されて写真を撮ることしか出来
なかった。加工された枝肉は冷蔵庫で熟成のために保管され、皮は墨田区の皮加工業者へ
と運ばれる。そして、肉の一部が放射能検査へと回される。肉は全頭検査を実施し、安全
なものしか加工していない。                           

居間で害獣駆除の話を聞く。手にしているのは狩猟の月刊誌。 クマの駆除は町の環境課の方から細かい指示が出る特別なもの。

 家に戻って、賀久さんに害獣駆除についての話を聞く。賀久さんは西秩父猟友会に参加
している。猟友会の猟師は両神で三十五人くらいで、他にワナ専門の猟師もいる。害獣駆
除の依頼は町から出て、毎年三百頭くらいの大型害獣を駆除する。内訳は鹿が八割で、イ
ノシシが二割くらい。昔はイノシシが多かったが、今は圧倒的にシカが多い。     
 他にタヌキやハクビシン・アライグマなどが駆除の対象になる。まれに熊も依頼が来る
が、これは特別だ。熊の駆除については役所から細かい指示が出される。基本的には農業
被害が出たところから町に依頼を出し、町が駆除方針を決めて猟友会に依頼が来る。  
 農業被害については平成二十六年に秩父市が出した「鳥獣被害防止計画」に詳しい数字
が載っている。これに小鹿野町の被害を加えると、数字の倍くらいが実際の被害になる。
 ・ニホンザル:豆類、果樹、野菜、芋類など:被害面積二九七アール:金額七九七万円
 ・イノシシ:稲、豆類、果樹、野菜、芋など:被害面積三〇四アール:金額五八八万円
 ・ニホンジカ:稲、豆類、野菜、芋類など:被害面積一八三アール:金額五八二万円 
 ・ハクビシン:豆類、果樹、野菜、芋類など:被害面積六九アール:金額一八五万円 
 他にアライグマ、カラス、ヒヨドリ、クマ、カワウが害獣として挙げられている。この
数字以外にも被害は出ており、林業被害については数字に含まれていない。      
 そして、同計画書の中で捕獲計画数が出されており、これが害獣駆除の目標になる。そ
の数字とは、ニホンザル六〇頭、イノシシ一〇〇頭、ニホンジカ五〇〇頭となっている。
 この数字は秩父市だけの数字で、小鹿野町を加えるとこの倍くらいになる。数字を出す
のは簡単だが、その処理をする人々にとっては大変な苦労が伴う数字でもある。    

 賀久さんに具体的な駆除の方法について聞いた。駆除方法は猟友会の支部によって方法
が違う。大型獣を駆除する時、三田川支部では犬を使うが、両神支部では犬を使わない。
 両神支部では以前、畑に追い出して畑を荒らした反省からワナを多用して犬を使わない
方針に変えた。ワナはくくりワナ。「ひで丸」というワナで、丸いのと楕円のとがあるが
、丸いのがいい。一式五千円だが、両神支部では使った分新しいワナを猟友会が支給して
いる。長若支部では猟師が少ないので(十一人)ワナ代はほとんど支部で負担している。

 ワナをかけると、毎日見回りをする。ワナにかかったり、網に角をからめたシカがいる
と、その場で絞めて処理をする。死後、血抜きして一時間から一時間半以内なら精肉会社
に運んで解体などの処理を受けることが出来るが、そうでない場合は自分で解体するか、
土に埋めるしかない。ワナにかかって死んでしまった獣も自分で処理するしかない。夏の
場合、シカはひと晩で死ぬ。死ぬと加工に回すことは出来ない。           
 簡単に土に埋めるといっても、作業は大変で、普通は埋める場所などないし、ユンボで
もなければそれだけ深い穴を掘ることも難しい。奥山の罠猟などは絶望的に大変な作業と
なってしまう。精肉所の保冷庫がいっぱいの時も自分で処理するしかない。      
 また、自然動物ゆえに病気の個体も多く、それらはすべて土に埋めて処分する。今はイ
ノシシやタヌキ、カモシカにカイセン病の個体が多い。               

イノシシに仕掛ける箱ワナ。畑の近くに仕掛ける事が多い。 オス鹿は角を網にからませる事がある。安易に近づくと危険だ。

 元気なカモシカがワナにかかるときもある。こういう場合は保健所の許可をもらって吹
き矢で麻酔をかけ、ワナから外し、山奥に運んで解き放つ。手間が掛かるので大変だが、
最近は人家近くまでカモシカが出て来るので、ワナにかかる事も多くなってきた。   
 サルのワナは大きな箱ワナなのだが、最近はなかなか入らなくなってきた。サルは利口
で、赤い服を見ると絶対に出て来ない。カボチャやトウモロコシが実る時期にだけ出てく
るのでやっかいだ。また、東京などの動物保護団体から「サルを殺すな」などという声が
かかることも多い。被害を知らない無責任な声だ。                 
 捕らえた害獣を水に浸けるのが一番簡単な殺処分方法なのだが、動物保護団体から「残
酷だ!」などという声が上がり、各自治体でガス殺処分場を作ることになってしまった。
 殺処分場はあるのに、焼却施設がないから、処理は埋めるという方法しかない。焼却施
設が欲しいというのは駆除に係わる全猟師の願いだ。                

 年々猟師が高齢化して数も少なくなっているのが現状だ。害獣は増え続け、今のままで
は将来駆除も難しくなるかもしれない。高齢になって目が悪くなると、ワナを仕掛けるの
に細かい作業が必要なので大変になってくる。                   
 小鹿野町では最近新人猟師の参入に補助金を出すことも考えているが、新規参入者はな
かなかいない。趣味の狩猟だけならばやりたい人もいるのだろうが、何度も駆除にかり出
されて、死体を埋める作業ばかりするのだったら意欲がなくなるのもわかる気がする。 
 埼玉県が提唱して、管理捕獲を実施したことがある。長瀞の射撃場で訓練をして、大血
川上流や入川上流でやったが、一回で五頭から六頭のシカしか捕獲出来なかった。奥山の
林業被害はシカの皮むきで相当な被害が出ているが、駆除するといっても数頭ずつしか駆
除できないのが現状だ。シカが増えるスピードの方がはるかに速い。         

 話を聞き終わって、実際のワナを見せてもらうことにした。道路の反対側に賀久さんの
猟師小屋があり、そこでワナを見せてもらった。昔はかさ松式のくくりワナが多かったの
だが最近は前にも書いた「ひで丸」式のくくりワナが主流になっている。埼玉県はワナの
直径が十二センチという規制があり、それに合わせて作ってもらっている。      
 ワナをかけると、その周囲の目立つ所に「ワナあり、注意!」という警告表示をつけな
ければならない。またワナを仕掛けた人の住所などを書いた許可証も一緒に掲示する。 
 ワナはどんなところに掛けるのか? 賀久さんによるといくつかのポイントがある。ま
ず、けもの道を見つけ平らな所に掛ける。斜面だと効率が悪い。栗林に被害が出ると、栗
林に掛けてくれと依頼があるが、少し離れた所に掛ける。シカもイノシシも何頭も連なっ
て歩くとき、足跡がピタリと同じ位置になる場所があり、そこがワナのポイントになる。

ワナを見せて、駆除の大変さを話してくれた賀久さん。 西武秩父駅「仲見世」で売っている「天然鹿肉の味噌漬け」これは旨い。

 賀久さんは二十歳で免許を取って、五十五年間猟師をやってきた。昔は大物が少なくて
大物を狙う猟師も少なかった。そんな中で大物ひと筋に猟を続けてきた。平成二十六年ま
で猟友会の会長をやってきた、西秩父猟友会の中心人物だ。その賀久さんも七十五歳。 
 秩父の猟師も少なくなってきたし、高齢化が激しい。西秩父猟友会で百二十人。秩父猟
友会は百人を割った。奥秩父猟友会はわからないが、少なくなっている事は間違いない。
そして、平均年齢はどこも七十歳を超えている。                  
 行政が害獣駆除を猟友会に丸投げするのは、それしか方法がないからだ。しかし、本当
にそれでいいのだろうか。高齢化した猟師がいつまで駆除作業が出来るというのか。その
駆除数をはるかにしのぐ害獣の増加にどう対処するのか。それとも、農業をあきらめるし
かないのか。問題の解決は果てしなく厳しい。                   

 シカ肉やイノシシ肉の加工販売という道が細いが出来てきた。これをいかに太くして産
業化出来るか。とてつもなく厳しい道を切り開こうとしている人たちがいる。本気でそん
な人たちを応援したい。この日、秩父天然鹿の味噌漬を買って家で料理して食べた。柔ら
かくクセのない鹿肉は野菜炒めと相性が抜群だった。この味をみんなが楽しんでくれれば
鹿やイノシシの駆除も進むというものだ。