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山里の記憶177


カキハナ:小久保金太郎さん



2016. 1. 13


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 一月十三日、秩父の定峰に「カキハナ」の取材に行った。取材したのは小久保金太郎さ
ん(八十五歳)だった。定峰は、定峰峠の中腹にある山あいの集落。金太郎さんは八代続
いているという旧家の当主で、カキハナは小正月の飾り物として作っている。     
 細かい花びらのように木を削るのだが、この削り方を「ハナを掻く(刃物を手前に引い
て削ること)」と言い、出来上がったものをカキハナと呼ぶ。            
 十五日の小正月前、十三日にカキハナとアボヒボを作り、十四日に繭玉飾りを作って小
正月を迎えるのが小久保家の習わしだ。                      

小正月の飾り物「あぼひぼ」を組み立てている金太郎さん。 出来上がった「あぼひぼ」。畑の神様に供える飾り物。

 アボヒボというのは「粟穂(あわぼ)・稗穂(ひえぼ)」の略で、オッカド(ヌルデ)
の木を使って作るお飾りのこと。田畑の神様に豊作を祈願して供える作りもので、皮をむ
いたものが粟穂で、皮付きのものが稗穂だと言われている。竹を細く割り削って組み合わ
せ、上下左右に張り出す形にオッカドで作った穂を差し込んで組み立てる。      
 カキハナは神棚に供える飾り物。金太郎さんは多段のカキハナを作る。五段、七段、十
二段、十六段などの長いハナを作る。金太郎さん曰く、一段・二段のハナは仏様用で、多
段のハナが神様用だとのこと。長寿クラブで作り方の講習もしている。        

 金太郎さんは作り方の講習をする際に専用の鎌がなく、店で販売もしていないので、自
分で作ろうと考えた。最初は小型の鎌を使おうと思ったのだが、カキハナ用の鎌は刃が逆
に付いているのでダメだった。逆に刃が付いている左鎌を使って作ったのが最初の自作ハ
ナ掻き鎌だった。その後、何丁ものハナ掻き鎌を作るのだが、最も良かったのが、桑用の
小型の鎌を柄と刃先を逆に使うハナ掻き鎌だった。柄の部分を削って先端の曲がりを作り
、刃先を柄に固定すると逆刃のハナ掻き鎌になる。今では金太郎さんの自作鎌は十丁ほど
にもなっている。                                
 今はハナ掻き鎌の形状を鍛冶屋さんに教えて作ってもらうようになった。鍛冶屋さんも
逆刃の鎌は何に使うのかわからなかったようで、金太郎さんが実際に作ったカキハナを見
て初めて理解してもらったという。ハナ掻き鎌は鍛冶屋さんでは鎌ではなくナタとして売
られている。薄い刃で掻くハナは伸び伸びとカールし、厚い刃で掻くハナはクルクルと強
くカールする。                                 
 金太郎さんは研ぎ台も自作のものを使用する。普通鎌を研ぐときは砥石を手に持って刃
を研ぐのだが、ハナ掻き鎌は普通の鎌と違って刃先を丁寧に研がないと思うように切れな
い。金太郎さんは「ハナ掻き鎌はカンナを研ぐのと同じやり方で研がないとダメだ」とい
う。カンナを研ぐように砥石を固定して同じ角度で研ぐには研ぎ台が必要だ。鎌の砥石を
木の台に固定して平らにしてその上を滑らせるように刃を研ぐ。これがとても大事な事で
、講習でもそう教えている。                           

 ハナを掻く時の姿勢も大切だ。多段のハナを掻くには、終わるまで一定の姿勢を保たな
ければならない。その為に、金太郎さんは専用の削り台を作った。          
 アルミの脚立を利用して、上部に二股の木の枝を取り付けた台だ。この台に材料の木を
置くことで材料の高さが一定し、同じ角度と強さでハナを掻くことが出来る。体を機械の
ように一定に動かすことがきれいなハナを掻くコツになる。作業台はその為にある。  

 多段のハナを掻く材料はニワトコの木。それも芯の細いものを選んで使う。芯が太いと
木部が薄いため、細かい花弁を数多く掻くことが出来ない。また、ひと節にひとつのハナ
を作るので、節が多くまっすぐな枝を選んで使う。多いものでは十六段のハナを掻くこと
もある。これは養蚕の神様用だ。十六段のハナが掻ける材料の木は少ない。材料がない場
合は八段のハナを二本掻くようにしている。                    
 ニワトコの木は定峰周辺ではニワツクの木と呼ばれている。金太郎さん曰く「庭に刺せ
ばすぐにつくからなんだと思うよ…」とのこと。 金太郎さんもたくさんのニワトコの木
を挿し木で増やした。ハナ掻きのため、芯が細く節の多い枝を刺して品種改良に努めてい
る。短いハナを掻くにはオッカド(ヌルデ)やマメブチ(キブシ)が使われる。本当はミ
ズキの木が白いハナが掻けて良いのだが、ミズキはスラリと伸びた枝が少ない。ウツギも
使うが芯が弱いので多段のハナを掻くには不向きだ。                
 どの木も伐ってすぐにハナを掻くのはよくない。一週間くらい保存した木の方がきれい
なハナを掻ける。水気が少なくなってハナの縮れ具合がよくなる。          
 ちなみにニワトコの木は昔、打ち身や接骨の薬として使われていたので、別名をセッコ
ツボクともいう。新芽を天ぷらなどで食べるほか、枝や木部を黒焼きの粉にして打ち身や
接骨の薬として利用していたという。                       

金太郎さん自作のハナ掻き鎌。桑切り鎌を改造して作ったもの。 ニワトコの枝を削ってハナを作る。専用の台も自分で作った。

 金太郎さんが道具と材料の話を終えてハナ掻きを実演してくれた。目の前で鮮やかにハ
ナが出来上がっていくのは気持ちいい。熟練の技はまるで機械のように細やかな花弁を削
り出す。ハナは三周くらい掻き、きれいな花弁にする。じつに規則正しい。      
 ハナは枝の先の方から掻いてくる。上から掻かないと作ったハナを台や手にぶつけて壊
してしまう可能性があるからだ。台で固定しながら上から順に掻いてくればハナが壊れる
心配はない。持ち手でハナを壊したりしないように注意する。            
 以前に倉尾で取材したカキハナは長い房状のもので、形状が明らかに違っている。金太
郎さんは、多段のカキハナは養蚕の神様と関係あるのではないかという。多段のカキハナ
を虚空蔵様のお祭りで売っていて、それを買うのは養蚕家だった。このハナに蚕を上族さ
せて出来る繭の様子で養蚕の吉凶を占ったという。                 

 十二段のカキハナが出来上がった。それを手に持ってもらい写真を撮る。ちょうど見に
来た奥さんの定子さん(八十五歳)と並んでもらって写真を撮った。お茶を頂きながら、
定子さんに昔の話を聞いた。                           
 二人が結婚したのは昭和二十八年。二人が二十二歳の時だった。定子さんは横瀬から嫁
に来た。当時はまだ道が悪く、西武バスを借り切って親戚一同でやってきた。嫁入り道具
は農協のトラックを借りて運んだ。里帰りは一人で帰り、タクシーで下の道まで来て、山
道を登ってきた。昔から長屋門のある、大黒柱がチョウナ削りの古い家だった。    
 いろいろ複雑な事情があった家だった。八代目当主の金太郎さんは農業と酪農で生計を
立てていた。北海道から子牛一頭を二万五千円で買った。乳が出るまで二年かかった。そ
の後は子牛を産んでくれてどんどん牛を増やすことが出来た。            
 定子さんの仕事は牛の餌にする草刈りだった。昔は林道が今と違って砂利道だったので
草は豊富にあった。家も少なかったし、草も豊富で牛飼いにはいい環境だった。牛は多い
時で三十五頭もいた。                              

 山の中で田んぼを三反歩もやっていた。わき水を移用した棚田で、狭い田んぼだったが
米が作れたし、ワラが出来るのが良かった。ワラで縄をなったり、ゾウリやワラジも作っ
た。冬の牛の餌としてもワラは貴重だった。餌として買ったものはフスマくらいのものだ
った。今でも餌の草刈りはよくやったものだと思う。金太郎さんは七十歳まで牛飼いをや
って、今は息子さんに後を託している。                      
 冬には炭作りもやった。白消しをやった時の写真があるというので見せてもらった。黒
消しを焼く人は多いが、白消しを焼く人は少ない。貴重な写真をじっくりと見せてもらっ
た。写真の中の二人は若く笑顔だった。真っ赤な炭窯から焼けた炭を掻きだし、灰をかけ
て炭にする。ウバメガシはないのでコナラで白消し炭を焼いていた。この時の炭がまだ納
屋にあるという。「なかなか炭を使う機会もなくてね…」と笑う。          

金太郎さんが作った多段のハナ。神棚に供える飾り物。 奥さんのサダ子さんが様子を見に来て会話に参加する。

 定子さんは漬物作りが上手だという。金太郎さんは千枚漬けが食べたくて、大根を薄く
スライスする道具を作った。その道具でカブを薄切りにして漬け込んだという漬物を出し
てくれた。カブの千枚漬けだ。薄味でほんのり辛みの効いた美味しい漬物だった。浸けっ
ぱなしではなく、二回浸け返すのだという。二人で味見しながら何やら確認しているのが
面白かった。その作り方を来年是非取材したいとお願いしたら二人とも笑っていた。  

 定峰山麓の日当たりの良い庭でお茶を飲みながら金太郎さんと定子さんの話を聞く。八
十五歳同士のご夫婦の楽しい会話。お茶請けは手作りの漬物。なんだかほんわかとした贅
沢な時間だった。