山里の記憶
20
薬研で七味を作る:吉岡 清さん
2008. 2. 23
絵をクリックすると大きく表示されます。ブラウザの【戻る】で戻ってください。
薬研を使って七味唐辛子を作っている吉岡清さん(70)の家に伺ったのは、2月23
日の朝だった。薬研という道具を見たことがなかったので、薬研の使い方や七味唐辛子作
りについて聞くのが目的だった。清さんのお宅は山ふところ深くにあるが、日当たりの良
い庭を持つ大きな家だった。前回伺った時にはこの庭で奥さんの邦子さんが、蜜ろうでロ
ウソク作りをしていた。何でも手作りしてしまうご夫婦だと聞いていた。
薬研(やげん):主に漢方で薬種を砕き、粉末にするために用いる器具。細長い舟形を
した、内側がV字型の器の中に薬種を入れ、上から軸のついた車輪様のものをきしらせて
薬種を押し砕くもの。くすりおろしとも言う。
七味唐辛子の材料は唐辛子や胡麻、紫蘇、陳皮(みかんの皮)などほとんどの材料が体
を温める漢方薬で、これを摂取することで風邪などを防ぐ働きもあったという。江戸時代
、からしや徳右衛門が薬研堀で売り出したのが始まりで、薬研と七味唐辛子の関係は自然
なものだった。江戸の時代から七味唐辛子の3大メーカーと言われているのが江戸の浅草
寺門前「やげん堀」、長野の善光寺門前「八幡屋磯五郎」、京都の清水寺門前「七味屋」
だ。それぞれの材料は次のようになっている。
やげん堀 :生赤唐辛子、煎った赤唐辛子、粉山椒、黒胡麻、芥子の実、麻の実、陳皮
八幡屋磯五郎:赤唐辛子、生姜、陳皮、山椒、黒胡麻、青紫蘇、麻の実
七味屋 :赤唐辛子、山椒、白胡麻、黒胡麻、青紫蘇、青海苔、麻の実
清さんの家は南側に畑を持つ山深い場所にある。
日当たり良い庭の片隅に福寿草が咲いていた。
庭には竈(かまど)が置かれていて、豆ガラとホウロクが準備されていた。挨拶もそこ
そこに、清さんは唐辛子について色々解説してくれた。タカノツメが一般的だが、清さん
は使わない。タカノツメは辛いだけで香りが良くないという。清さんはトラノオという品
種ともう一種類の唐辛子を混ぜて使っている。トラノオは皮が薄く、味がまろやかな品種
で15センチくらいの大きさになる。唐辛子は何種類も栽培すると、すぐに交配してしま
うので、遠く離れた畑に栽培しなければならない。何種類も栽培するのは大変なのだ。
「このごろはネズミが唐辛子を食べるようになって困ったもんだいねぇ・・」と邦子さん
が言う。干しておいた唐辛子がいつの間にか少なくなっているのだそうだ。辛いだけでな
く美味しいからこそ、ネズミも食べるのだろう。
豆ガラに火が付けられ、竈にホウロクがかけられた。ホウロクにトラノオを入れ、焙煎
する。このトラノオは10月に収穫して、軒下にぶら下げて12月中旬まで天日で乾燥さ
せたもの。巧みにホウロクを火から外したりしながら焦げすぎないように焙煎する。干し
た唐辛子でも焙煎すると少し柔らかくなるが、火から外して冷めるとパリパリになる。ト
ラノオを焙煎し始めたら、庭に繋がれていたワンちゃんが苦しそうに鳴きだした。風下で
唐辛子を焙煎する刺激臭が直撃したらしい。邦子さんがあわてて別の場所に移す。
「外でやってもこれだから、家ん中でやって粉が飛んだりすると、クシュンクシュンって
大変な事になるんだいねえ・・」と清さん。焙煎や調合するときはマスクが欠かせない。
「こうやって干すんだいね」と干し方を教えてくれる清さん。
山椒をホウロクで焙煎する。周囲は山椒の香りで包まれる。
次は干してカラカラに乾燥した山椒を焙煎する。この山椒は山に生えていたのを畑に移
植した天然もの。山椒は山に生えていると実成りが少ない。畑に移植すると実の成りが良
くなる。ちょっと実が赤くなる頃が収穫時期で、種の外側の皮を使う。中の黒い種は捨て
る。収穫時期は小鳥が実を食べ始める頃で、「鳥が教えてくれるんさあ・・・」と邦子さ
んが笑いながら言う。これも10月に収穫してから天日に当てて自然乾燥させて使う。
清さんがホウロクを片手で振りながら鮮やかな手つきで焙煎していると、周囲には山椒
の香りがすごい勢いで漂い始めた。コーヒーもそうだが、焙煎すると香りが際だつ。
そして、いよいよ薬研が出てきた。石の薬研を想像していたのだが、出てきたのは鉄製
の大きなものだった。冷めたトラノオのヘタをちぎって捨て、実を種ごと薬研の舟部分に
入れる。両膝で台を押さえ、鉄の車輪を乗せ、車軸を両手でつかんで前後に転がす。
テレビや映画の時代劇で、医者が薬研を使って薬を粉にする場面があるが、まさにその
ままだ。清さんが体重をかけて車輪を前後に動かすとトラノオは見る見る粉になっていく
。出来上がった粉は小さなほうきのようなものでボールへと掃き入れる。このほうきも清
さんが稲の穂を使って自作したものだ。
唐辛子のあとは山椒を薬研で擂る。きれいに薬研を拭いてから山椒を入れる。種類ごと
にきちんと分け、けして混ざらないように粉にする。
山椒を薬研で粉にする作業をやらせてもらった。両手で車軸を持って転がすと面白いよ
うに山椒が粉になっていく。どういう作用が働くのか分からないが、じつに見事に粉にな
っていく。昔からこの形なのだから、古い時代に完成した形なのだろう。理にかなった形
は美しいと言われるが、薬研もその一つだと思う。この薬研は骨董屋さんから清さんが買
ってきたものだ。少し小さい薬研もあるそうだが、この大きさが使いやすいという。
清さんが小学3年生の頃、裏の家に薬研があった。借りてきたその薬研で七味唐辛子を
作っていたという。小学3年生が薬研のどこに惹かれたのだろうか?・・ともかく、清さ
んは小学生の頃から自分の手で薬研を使い、七味唐辛子を作っていたのだ。
「辛いもんを食い過ぎたから、頭が薄くなったんだってよく言われたもんさあ」と笑う。
清さんのおじいさんは竹筒を使って唐辛子を粉にしていたそうだ。棒で突いて粉にするの
は大変だったらしい。薬研はそんな手間をあっという間に解消してくれる魔法の道具だっ
たのかも知れない。
調合する材料について聞いてみた。唐辛子1に対して、山椒2分の一、ミカンの皮2分
の一、金胡麻2、青のり2分の一、こぬか4分の一で清さんの七味唐辛子が出来上がる。
正確に言うと6味唐辛子になるが、便宜上七味と表記する。
ミカンの皮は陳皮とも言い、漢方薬の一種にもなっている。清さんは風布(ふっぷ、ふ
うぷ、ふうっぷとも読むミカンの北限山地。アイヌ語の『霧が布のようにたなびく場所』
が語源と言われている)の福来(ふくれ)ミカンの無農薬栽培ものを使う。消毒してない
ものを選んで買って皮を取り、天日で干して乾燥させ、焙煎して薬研で擂る。
胡麻は自分の畑で栽培した金胡麻を使い、やはり焙煎して薬研で擂る。焙煎の加減や、
薬研の擂り加減で香りが変わる。道の駅で売っているような胡麻では香りが立たず、気の
抜けたものになってしまう。薬研で擂った胡麻の香りはじつに素晴らしい香りだ。胡麻に
油分が残っているからこそ、これだけの香りが立つ。薬研を使うと、すり鉢で擂るよりも
遙かに香りが立つという。
青のりは大森屋の「あおさ」を使う。煎って薬研で擂るとこれが一番香りが良い。
こぬかは自分の家で精米した後の糠を使い、煎って薬研で擂る。香りと栄養分をプラス
するのと、増量剤の役目も果たしてくれる。
調合はボールにスプーンでそれぞれの分量を量って入れて混ぜるだけ。慎重にやらない
と粉を吸い込んでむせることになる。調合作業をする時は部屋が唐辛子の香りで充満する
そうだ。吸い込まないようにマスクをして調合する。
自分で栽培した材料で作る七味唐辛子。小袋で100袋も作るのが精一杯だという。味
と香りは最高だけれど、とても売るほどは出来ない。材料が揃わないのだ。知り合いに配
るだけで終わってしまう。楽しみにしてくれる人も多いので、作る張り合いがある。
「自分で作った材料で作るんがいいやいねえ、青のりだけは別だけど」と笑う。
薬研でトウガラシを粉にしている。あっという間に粉になる。
清さんが作った見事な出来映えのザル。他にもたくさんある。
清さんは定年になってから狩猟の資格を取った。鉄砲は暴発の危険があるので使わず、
もっぱら罠での猟をする。畑を荒らすイノシシを罠で獲って解体し、薫製にしたこともあ
る。庭の片隅には手作りの薫製小屋がある。
養蜂も始めた。一群から始めた養蜂は、今では4群にまで分蜂してハチミツや蜜ロウを
与えてくれる。今でも、知り合いに養蜂の技術や知識を学んでいる。
おかめ笹でカゴやザルを編んで作る。民芸品店で売れるほどの完成度のザルがたくさん
ある。蕎麦やうどんを盛るのも全て手作りのザルだ。友人が来ると、うどんを食べた後で
「このザルが欲しいんだけど・・」と言って持ち帰る人が多くて困ると笑っていた。
定年になってからが輝いている人生。今でも、お茶の作り方とか、新しい野菜の栽培方
法とか色々な勉強に余念がない。何でも自分で作ってみようの精神が輝いている。団塊の
世代に見習って欲しい生き方でもある。