山里の記憶
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竹皮ぞうり:山崎千枝さん
2017. 8. 29
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八月二十九日、小鹿野町藤倉の大石津に竹皮ぞうりの取材に行った。取材したのは山崎
千枝さん(八十二歳)で、マダケの皮を使ったぞうり作りを見させていただいた。
千枝さんが竹皮ぞうりを作り始めたのは十年ほど前のことだった。小鹿野町のクワパレ
スという施設で支配人にわらぞうりを作ってやったら、とても出来がいいから売ってみて
はどうかと勧められ、店がさみしいからここで売ってくれという事になったものだった。
最初は藁で作っていたのだが、竹の皮で作ったところ評判が良かった。それ以来、竹の
皮があれば竹皮ぞうりを作るようになった。長いマダケの皮がいいが、短い皮でも作る。
千枝さんは群馬県万場町・塩沢で生まれた。家は農家だったが田んぼはなく畑仕事が全
てだった。当時、履物はぞうりやわらじで、自分で作って履くのが普通だった。田んぼの
ない千枝さんの家では、米俵を買ってきてほぐし、その藁を使って縄をなった。藁はとて
も貴重で、ワラジやぞうりの縄をなうのに使った。ぞうりの本体はモロコシの皮や竹の皮
、河原の草(みご)などでぞうりに編んだ。薪を作って持って行き、米俵と交換した。
夜に翌日履くぞうりを編むのが仕事だった。千枝さんは中学生になるまで上手に編めな
くて「材料が無駄になるから作るな!」と言われ、悲しい思いをした。中学生になってや
っと認めてもらい、父親が履くぞうりを夜に編むことが出来た。一人前になった事が嬉し
かった。毎日のことだったので、自然に手が動くようにぞうりやわらじを作った。
昔は何もなかったので、自分の手で何もかも作ったものだった。スゲは近くになかった
ので弁当を持って遠くまで採りに行った。煮て乾かし、細く裂いて縄をない、その細い縄
でスカリというリュックサックや肩掛けバッグを編んだ。何も捨てるものはなかった。
畑仕事と炭焼きが仕事だった。畑は近くにあり、麦やキミ・粟などを作っていた。田ん
ぼがなかったので陸稲(おかぼ)を作っていた。お正月とお節句の餅はこの陸稲の餅米を
使って作った。米は配給でしか手に入らなかった。
万場の塩沢からこの大石津へ嫁に来たのは二十四歳の時だった。この家からおばさんが
塩沢に嫁に行っていたので縁があり、二歳年上の鶴松さんと一緒になった。中三の小姑と
両親の五人家族での生活が始まった。
畑が山の上にあったので、往復や荷の上げ下ろしが大変だった。粘土質であまり土が良
くなかったので良い作物は出来なかった。山羊の肥やしは夜のうちに運んだし、薪も朝っ
ぱか(朝飯前のひと仕事)で拾ってきた。食べるために働く毎日だった。千枝さんの家だ
けでなく、周りの家もみな同じ様なものだった。
材料の竹の皮。これはマダケの長い皮。孟宗竹の短い皮も使う。
作業台、板の高さは24cm、突起の幅は8cm、長さは5cm。
昔の話はこれくらいにして、竹皮ぞうり作りの実演に入った。千枝さんは途中までぞう
りを編み始めてくれていて、その続きを実演してくれた。材料の竹皮を細く裂く所から作
業が始まった。竹皮を裂くのは毛糸の縫い針を使う。二センチくらいの幅に縫い針を刺し
て裂くと竹皮は細く長い材料になる。クルリと丸まるのでぞうりを編むのに使いやすくな
る。千枝さんはこの縫い針に鈴を四個付けていた。針が見えなくなったりなくしたりしな
いようにする工夫だ。竹皮を裂いている間もずっと鈴がリズミカルに鳴っていた。
五センチ幅の布がたくさんある。様々な柄の布帯だ。これは小鹿野の縫製工場から出た
布の端切れ。ぞうりに合う色を使って鼻緒やつま先、かかとの補強に使う。色の配色にセ
ンスが求められる。「縁起のいい柄はすぐに使っちゃうんだぃね」とのこと。柄にも好み
があるらしい。猫の柄や七福神の柄は早くなくなり、ヒョウ柄や花柄が残っている。
竹皮はバケツの水に浸して湿す。湿すことで軟らかくなり、編みやすくなる。また千枝
さんは裂いた竹皮をワラで何度もしごいて使う。裂いたときのバリを取って軟らかくする
ための作業だ。こういう点も履く人の事を考えた心配りだ。
まずは鼻緒を作る。五センチ幅の布四十五センチを二枚合わせ、真ん中三十センチを筒
状に縫う。細い竹皮を元・先交互に並べ薄い布で巻く。これを二本作り、布の筒に差し込
む。竹皮に包んで、筒を通すと通しやすい。鼻緒は同じ色柄で、二つ作っておく。
作業台は鶴松さんの手作りで、これがないとぞうりが編めない。一メートルの厚板の端
に三十センチの高さに二つの突起を持つ板を釘で止めてある。この二つの突起にぞうりの
芯縄をかけて編み込む。すでに先端は出来ているので、竹皮を次々に編み込んでいく千枝
さん。その手の動きはリズミカルで早く、目で追うのも難しいくらいだった。竹皮は一枚
ずつ編み込み、先端まで編む前に新しい竹皮を追加する。竹皮の元をぞうり裏に出すよう
に差し込んで編むのだが、先端部分と重なるときは先端を内側に巻き込むように編む。
そのまま竹皮の編み込みが続くが、千枝さんが竹で作ったガイドを当てて寸法を計る。
これは鼻緒の位置を決めるガイドで、女性ものは十五センチ、男性ものは十六、五センチ
の長さまで編んだところで鼻緒を取り付ける。
竹の皮を編む千枝さん。一枚編むごとに左手の指で強く締める。
編み上がってつま先の芯縄を切ったところ。ほぐして半分の量にする。
鼻緒は先程作ったものを使う。外側の芯縄を挟むように二股を編み込み、続きを鼻緒と
同じ柄の布で編み込む。この時、芯に細い竹皮を巻き込むように布を四つ折りに織り込ん
でぞうりに編み込む。布は補強であり、デザインでもある。ここを丁寧に編み込むことが
出来上がりの見栄えと履きやすさ、壊れない丈夫さにつながる。千枝さんはじつに細やか
に神経と手先を使って編み込んでゆく。その心配りが素晴らしい。
布を編み終わったら、また竹皮を編み込む。ここから先はかかとになる部分だ。千枝さ
んが編みながら手のひらを当てる。聞くと、手のひらサイズまで編んだら最後の布編みに
入るという。布編みをしてかかと部分が出来上がったら、器具からぞうりを外して芯縄を
力一杯引っ張る。するとかかとがぎゅっと詰まって丸くなる。凸凹を毛糸針で修正しなが
らさらに引っ張ってかかとを仕上げる。
つま先部分の縄を五センチくらい残して切り落とす。縄の太さを半分くらいにするため
にほぐして半分切り落とす。このバラバラになったつま先の縄は折り返してぞうり裏に鼻
緒で止めることになる部分だ。つま先の補強にもなる。
さていよいよ仕上げの鼻緒付けだ。千枝さんは四十センチ程の布を両手でねじって細い
ヒモを作った。鼻緒の中央にかけてヒモを逆よりする。その先端を「緒通し」を使ってぞ
うりの先端真ん中に突き通す。裏側に出たヒモで先程のバラバラになった縄を挟んで止め
るように結ぶ。外れないように固結びにする。鼻緒のヒモは一本でも良いのだが、千枝さ
んはこのヒモを二本付ける。これも履きやすさと丈夫さを兼ね備えた鼻緒になる事を考え
てのものだ。鼻緒に掛けるときに交差するように二本のヒモを刺すのも千枝さんの履く人
への心配りだ。
鼻緒がついたぞうりの裏に出っ張った竹皮やヒモなどのバリをきれいにハサミで切ると
竹皮ぞうりの出来上がりだ。素晴らしい手際と出来上がりに思わず拍手したくなった。
もう一つ作ってぞうりは一足となる。そのもう一つを作らせてもらった。自分でやって
みないとわからない事ばかりだったので、千枝さんのアドバイスを聞きながら竹皮を裂き
、竹皮を編み込み、鼻緒を作り、かかとを作った。ぎくしゃくしながらだったが、何とか
形になった。芯縄を引っ張ってかかとが出来た時は感動した。竹皮を編み込むのと、その
都度左手で締め込む時に指が傷ついて血が出るハプニングもあったが、何とか形に出来て
ほっとした。実際にやって見ると難しさがよくわかった。
自分でやってみてわかった事も多かった。千枝さんが鼻緒になる細い竹皮を二本使うの
も鼻緒のヒモを二本使うのも、全ては履く人が履きやすく、丈夫になるからだと知った。
つま先とかかとの布にも竹皮の芯が入っている。これもぞうりを丈夫にするためのもの
だ。もちろん足裏に当たる感触も変わるし、デザイン的な見栄えもいい。本当に履く人の
気持ちを考えた作りになっていて感動した。
出来上がったぞうりの裏に出たバリをハサミで切り落とす千枝さん。
爽やかな風が通り抜ける縁側で、竹皮ぞうり作りを教わった。
この一足は持ち帰って自分の家履きに使いたい。大きなマダケの皮がこんな形の工芸品
に生まれ変わる技の不思議。目の前で出来上がって行く竹皮ぞうりを見ながら、昔の人の
暮らしを思い、何でも買ってくる今の生活よりも豊かだったのではないかと思った。千枝
さんは「こんなもので…」とはにかんでいるが、これは素晴らしい技だ。何より、使う人
の事をこれほど考えて作っていることが素晴らしい。出来上がった竹皮ぞうりは何も語ら
ないが、履いているうちにその技と思いが伝わるに違いない。