山里の記憶220


きゅうちゃん漬け:新井朝子さん



2018. 06. 14


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 六月十四日、上吉田石間・沢口耕地の新井朝子さん(九十二歳)を訪ね、きゅうちゃん
漬けの取材をした。約束の時間に伺うとご主人の武男さん(九十三歳)がちょうど布ぞう
りを作っているところだった。夫婦二人暮らしだが、この日はたまたま娘の正枝さんが来
ていて、一緒に話を聞かせてくれた。正枝さんは、この家が老夫婦二人だけなので、月に
一度くらい家の掃除と二人の様子を見に来ているらしい。朝子さんは少し耳が遠くなって
いるので、正枝さんの協力で取材が進んだ。お茶請けにきゅうちゃん漬けが出たので頂く
と、パリパリした食感のいい漬物だった。さっそく作るところから見せてもらった。  

 台所には大きなキュウリが三袋もあった。秤(はかり)に乗せると一袋が一キロある。
合計三キロものキュウリを全部7ミリ厚の小口切りにする。トントントンとリズミカルな
音が台所に響き渡る。十分ほどかかって切り終わったキュウリは大きなボウル一杯になっ
た。朝子さんによると、いつもまとめて作っているとのこと。            
 朝子さんは大きな鍋を出して調味料を入れる。醤油三合、酢一合、砂糖四百グラムだ。
これを煮立たせたものが漬け汁になる。鍋の調味料を煮立たせ、火を止めてその中に刻ん
だキュウリを全部入れる。中蓋をして蓋をし、冷めるまでそのままにする。      

お茶を飲みながら昔の話をしてくれた朝子さん。 大量のキュウリを漬けるのは、やはり大量の調味料で。

 鍋の漬け汁が冷めたら、蓋を少しずらして別の鍋に注ぎ漬け汁だけ取り出す。漬け汁の
鍋をコンロで火に掛けて煮立たせる。煮立ったら再度大鍋のキュウリ全体に回るように注
ぎ、中蓋・重石をしてまた冷めるのを待つ。大鍋のキュウリを直接火にかけて煮ることは
しない。重石は鍋の口径にあった大きな皿を二枚重ね、その上に水を入れたヤカンを置い
たが、他の物でもかまわない。キュウリ全体が漬け汁に浸かるようにするのが目的だ。 
 朝子さんのきゅうちゃん漬けはパリパリと食感がいい。ポイントはキュウリを煮込まな
いことだった。煮立った漬け汁をキュウリにかけて、冷める間に味が浸み込む。それを繰
り返すことでパリパリした食感が残った漬物になる。なるほどなあ…と作り方を見ていて
納得した。                                   

 漬け汁を沸騰させてキュウリにかけて冷めるまで待つ、この作業を合計五・六回繰り返
す。冷めるまで待つのに時間がかかるので、出来上がるまでに相当な時間がかかる。  
 待ち時間が長いからその間に昔話をゆっくり聞くことができた。これが楽しい時間だっ
た。朝子さんの話は時代を行きつ戻りつしながら続いた、時折手伝っている正枝さんが注
釈を入れてくれたので助かった。                         
 朝子さんが生まれたのはこの石間地区最奥の沢戸という耕地だった。上という屋号の家
だったというから、余程上にあった家なのだろう。十一人兄弟の四番目で次女だった。 
 小学校に上がる前、八月十三日のことだった。妹と一緒に二十メートルくらい崖を落ち
たことがあった。その時に額に大きな傷が出来てしまった。小学校に上がった時にその傷
を前髪で隠すのが大変だった。今、額の傷は跡形もない。              
 ある時、耳が痛くて泣いていたら、父親が菊の葉を揉んで詰めてくれた。詰めたのを取
った跡をきれいにしておけばよかったのだが、放っておいたら中耳炎になってしまい長く
苦しんだこともあった。                             

 小学校は石間尋常高等小学校。複式教室で教室が三つだけだった。一年と二年、三年と
四年、五年と六年が同じ教室で勉強していた。クラスは女子が二十二人、男子が十一人だ
った。朝子さんのひとつ上に同じ誕生日の男子がいた。後に結婚することになる人、新井
武男さんだった。同じ誕生日というのも何かの縁だったのだろう。          
「私は馬鹿だったけど、じいちゃんは頭良かったの…」と自慢そうにいう朝子さん。娘の
正枝さんによると、喧嘩などしたことがなく、今でもラブラブなのだそうだ。武男さんが
死んだら自殺するっていつも言っているらしい。朝子さんは武男さんを尊敬している。 

 朝子さんの念願がかない、二人が結婚したのは朝子さんが二十三歳の時だった。沢戸の
家からこの家まで花嫁行列で嫁に来た。祝言は盛大なものだった。          
 朝子さんはよく働いた。桑なんか七十キロくらい背負って狭い道を上り下りした。朝は
三時起きで一日分の桑を切って運んだ。朝飯を食べてからは農協に出荷する野菜の収穫を
した。雨の中でもびしょ濡れになって収穫した。サヤインゲン、エンドウ、キュウリ、レ
タスなどを生産していた。トウガラシも作ったけれど、これは駄目だった。      
 養蚕は年に六回やった。春蚕・夏蚕・初秋蚕・秋蚕・晩秋蚕・晩々秋蚕と寝る間を惜し
んで働いた。毎日、寝るのは午前一時か二時だった。睡眠時間は二時間から三時間くらい
しかなかった。朝子さんは昔を思い出しながら言う。                
「それでもこれだけ元気なんだから、寝不足は体に悪いなんて関係ないよね、あはは」 

三回目くらいからキュウリの色が変わってきた。 重石はお皿を二枚重ねてその上に水を入れたヤカンを乗せる。

 きゅうちゃん漬け、四回目の漬け汁かけが終わったので一切れ食べてみた。色は茶色に
近くなってきた。味はもうきゅうちゃん漬けの味になっている。パリパリの食感がいい。
「最後は汁がひたひたになるくらいがいいんだぃね…」               
「最後にかける漬け汁は煮詰めて濃くしたのをかけるんだぃね、色が良くなるんだよ…」
 この方法は、三十年前に教わったものに自分なりの工夫を重ねてきたものだという。こ
の方法で作ったきゅうちゃん漬けは冷蔵庫で一年くらいは持つという。「普通、食べちゃ
うからそんなに置かないけどね」と笑う。                     
 五回目の漬け汁かけは煮詰めた漬け汁を作るのに少し時間がかかった。漬け汁はキュウ
リから出た水分を多く含んでいるので、キュウリの匂いになっている。煮詰めた漬け汁を
かけて重石をすれば作業は終了。あとは冷めるのを待つだけだ。           

 朝子さんは休まず働いて三男一女の四人の子供を育てた。子供たちの話を聞いたところ
「みんな喧嘩なんかしたことないねぇ、いい子が育って最高だぃね…」という言葉が返っ
てきた。正枝さんを見ていると、その言葉が本当だとわかる。            
 朝子さんは今でも夫の武男さんと二人で畑仕事をしている。今は大根、インゲン、ほう
れん草、ネギ、小松菜、サトイモなどを作っている。上吉田に住む姉の子がちょくちょく
遊びに来るので野菜を分けてやるのを楽しみにしている。              
 九十二歳になった体の調子を聞くと、暑いときは首にアイスノンを巻くと楽になるし、
転ばないように細心の注意をしているとのこと。最近、二回転んで整形外科に行ってたの
で、もう転ぶのは嫌だと笑う。                          

 趣味はグランドゴルフとカラオケ。手まり作りもやっていた。皆野の読売センターで川
柳教室にも通っていた。カラオケは久長の白砂公園にある敬樹園でやる。軍歌や歌謡曲な
ど何でも歌う。カラオケ大会で三位になってトロフィーをもらったことがある。    
 グランドゴルフは吉田町第十回グランドゴルフ大会で四位に入ったことがある。この時
もトロフィーをもらった。三回ホールインワンを達成した。             
 いろいろやって来たが、最近は足腰が弱くなってなかなか難しい。懐かしい写真や思い
出をふり返っているという。                           

養蚕は本当に忙しかった。その当時の貴重な写真。 秋には大量の柿を吊るし柿に加工して軒先に干した。

 今は買い物に出かけるのも足が不安なので、もっぱら生協で買い物をしている。注文を
すれば届けてくれるので助かっている。卵は二週間分三パック、アロエヨーグルトはいつ
も頼む。あとは好きな物を注文して買う。牛乳とヤクルトは配達してくれるので助かる。
「石間でも九十過ぎて夫婦で元気なのはうちだけだねぇ…」こうして普通に生活できるこ
とがありがたいという。                             
 孫が六人いて、みんな可愛い。遊びに来て「おばあちゃん、シンデレラごっこしよう」
なんて言ってくれるのがかわいい。「娘はちょうきゅうな人だぃねぇ」とつぶやく。それ
を聞いていた正枝さんが苦笑していた。                      

 ずいぶん時間が経ったが、やっと「きゅうちゃん漬け」が出来上がった。お皿に盛って
お茶を頂きながら食べた。キュウリのパリパリした食感がすばらしい。爽やかな甘辛さが
絶妙に口に広がる。このお茶請けはすばらしい。お酒のあてにも良さそうだ。     
 正枝さんがパックにきゅうちゃん漬けを詰めてお土産にしてくれた。ありがたく頂いて
帰路に着いた。きゅうちゃん漬けもそうだが、朝子さんの飾らない言葉が印象に残った。
 夫のことも、子供たちのことも、孫のこともみんな大好きなんだという想いが言葉の端
々からにじみ出ていた。良い人生を歩んで来たのだなあ…と素直に思う取材だった。