山里の記憶25


中津川芋のみそ炒め:沢登(さわと)千代子さん



2008. 6. 24



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 秩父の大滝には中津川芋(別名大滝芋、また単にアカイモと呼ぶ人もいる)と紫芋とい
う二種類の特産ジャガイモがある。その昔、戦争に行った人がロシアからパンツに隠して
持ち帰ったという話が、まことしやかに言い伝えられている。その中津川芋の話を聞きに
4月1日に栃本の沢登(さわと)千代子さん(79歳)を訪ねた。色々な人に聞いて千代
子さんを紹介してもらったのだが、すでに千代子さんは中津川芋を植え終わっていた。植
えるところを見られなかったのは残念だった。中津川芋に関して、千代子さんは埼玉県か
ら「中津川芋の味噌炒め」で「彩の国地域おこしマイスター」の称号を受けている。県知
事から出されている称号で、大滝グリーンスクールで講師などもしている。そんな千代子
さんから色々な話を聞くことが出来た。                      

 畑に行って話を聞いた。芋は3月初めにはもう植え終わった。寒い場所だが、土を厚く
かけるので種芋が凍ることはないという。また、土を厚くかけるので、途中での土寄せ作
業をしなくても大丈夫だという。急斜面の畑で痛い足で作業するのは大変で、そんな工夫
をしているのだそうだ。                             
 中津川芋と紫芋は小さいものが上等なので、土寄せしたり、肥料をやることがマイナス
になる事も多い。特に土壌改良のために石灰や鶏糞を撒くと、ジャンカが発生し、芋がダ
メになることがある。ジャンカの菌はその後も土中に残り、消えることがない。そのため
その畑で芋は作れなくなってしまう。だから千代子さんは石灰と鶏糞は撒かない。ジャン
カとは芋の「そうか病」のことで、対策が難しい。                 

そうか病:<被害の特徴と発生生態>                        
イモの表面に、大小さまざまな盛り上がった淡褐色のかさぶた状の病斑ができる。病斑部
分のイモの肉は淡褐色でやや腐敗する。症状にはケラの食害痕のようなものや、網目状の
亀裂ができるものがある。病原菌は土壌に残り長期間伝染する。アルカリ性土壌で発生が
多い。                                     
<防除>                                     
ジャガイモの連作を避け、土壌に酸性肥料を与える。                

4月2日に伺った時、畑でお土産にと菜花を摘んでくれた。 5月11日の畑。葉が大きく茂っていた。

 千代子さんの畑は栃本関所の下の急斜面にあった。斜度にして25度くらいか?スキー
なら上級者コースの角度だ。ここで作物を作るのは本当に大変だろうと思う。杖をついて
息を荒くして登ってきた千代子さんが「ここがうちの畑なんさあ、こう見えていい土なん
だよ」と笑いながら言う。芋を植え終わって平らになっている状態では、植え付けの作業
がいかに大変かは分からない。昔から「栃本の逆さっぽり」という有名な言葉がある。急
斜面の土が下に落ちないように上に立って、下に向かって鍬をふるい、土を上にかき上げ
るという重労働だ。千代子さんは「逆さうない」と言っていた。当然、この畑でも「逆さ
うない」で耕している。種芋は横にサクを切って植え、下から土をかけて畝にする。  

 千代子さんは「逆さうない」の取材でTV埼玉が来た話や、民放の番組で取材を受けた
話などを面白おかしく話してくれた。90坪の畑、一畝に40粒の種芋を深植えする。草
取りはするが、芽欠きや土寄せはしない。肥料もやらない。なるべく小さい芋がたくさん
出来るように栽培するのが秘訣だという。千代子さんの中津川芋は民宿や、紅葉祭りでも
引く手あまたで、種芋に欲しいという人も多い。そんな芋の姿を見たくて、6月の収穫を
手伝わせてもらうことにした。                          

 6月24日、梅雨の晴れ間が天気予報で伝えられ、勇躍秩父の栃本に向かった。昨夜千
代子さんと電話で話し合い、今日の収穫を決めた。初めて見る中津川芋がどんな芋なのか
楽しみだった。朝6時半に家を出て、栃本の千代子さんの家には予定より1時間早く着い
た。上がりかまちでお茶を飲んでいると、千代子さんが中津川芋の味噌炒めを出してくれ
た。さっそく頂いた。これが何ともいえず旨い。味噌の味と香りがねっとりとした芋の食
感と混ざり合って、何とも言えない味に出来上がっている。小さい芋が上等だというのは
、こうして食べて初めて分かる気がした。こうした味噌炒めや田楽で食べる芋だからこそ
、小さく丸い形が好まれるのだろう。                       

畑で植えてある芋の場所を説明する千代子さん。 大汗を流して4人で芋を掘る。

 収穫の助っ人が来てくれた。千代子さんを紹介してくれた山中豊治さんと奥さんのみの
るさんだ。収穫を手伝って、その分の芋を分けてもらうことになっているらしい。知り合
い同士の共助作業が今も生きている。さっそく4人で畑に向かう。今日は梅雨の晴れ間と
はいえ、30度を越す猛暑になるらしい。熱中症にならないようにしなければならない。
 畑に登るまでにひと汗かいて、いざ芋掘りになったら額から汗が流れ落ちる。芋を掘る
のは豊治さんが「ガリ」と呼ぶ小さい熊手のような道具。私は小さい草削り器を使って芋
を掘る。斜面が急なので、かがむ幅が狭くて楽だ。千代子さんは草取りなども平地の畑よ
り楽だという。斜面が急な場所だからこそ楽なこともあるというのは新鮮な驚きだった。

 掘ってみると、さすがに中津川芋は小さい。そして赤い。コロコロと土から飛び出して
くるのがじつにかわいい。千代子さんが言ったように斜面の畑だが、水はけが良くサラサ
ラして黒い土の畑だ。たまに紫芋の株が混じる。紫芋は薄皮をむくと鮮やかな紫色をした
かわいい芋だ。皮が柔らかいこともあり、地元の人には紫芋の方が好まれる。     
 一畝の芋を掘ったら全身汗びっしょりになっていた。じっとりと蒸し暑く、日射しも強
いので汗の流れる量も多い。腰につけた水筒からひんぱんに水を飲む。ときおり吹く涼し
い風が爽やかで気持ちいい。ふと横を見ると、栃本独特の斜面の景色が広がっている。ど
こまでも続く山並み、V字型に深く切れ込んだ谷。千代子さんはこの景色を見ながら営々
と畑を耕し続けてきたのだ。                           

 午前中の作業が終わり、昼ご飯を食べに豊治さんとみのるさんはは自宅に戻った。私は
千代子さんの家で大きな焼きおにぎりをご馳走になった。漬け物や中津川芋の味噌炒めを
頂きながら千代子さんに昔の話を聞いた。子供時分の話、山仕事の話、畑仕事の話、好き
な花の話、いろいろな話を聞くことが出来た。私の子供時代も同じようなもので、みんな
よく働いたものだった。こうして昔の話を聞いていると、私の両親もずいぶん苦労して子
供を育ててくれたんだと感謝の気持ちが湧いてくる。みんな貧しかったけど、みんなよく
働いた。昔の人は偉かったなあとしみじみ思う。                  

 午後の作業が始まった。日射しは更に強くなり、炎天下の作業は全身汗まみれになる状
態だった。畑の斜面に沿って上へ上へと掘り進む。途中何度か休憩しながら掘り進んだ。
上の何畝か残した段階で止め、私は芋を運搬する作業に入った。芋を掘るよりも運ぶ方が
重労働なのでとても助かると千代子さんは言ってくれた。足の弱い年輩者は荷物を背負っ
て坂道を下るのが大変なのだ。私は山仕事の真似事をやっているくらいなので、まだ足は
達者だ。南京袋に芋を詰めて、背負って運ぶ。昨年、千代子さんは腰カゴに芋を入れて家
まで45回往復したそうだ。大変なことだ。今日私に出来ることは何でもやっておこう。

午後の作業も一段落してみんなで休憩中。 右が紫芋で左が中津川芋。薄皮をむくとこんなにきれい。

 芋は道路から家の二階へ運ぶ。ちょうど二階の屋根が道路につながっていて、渡れるよ
うになっている。二階は納屋になっていて、そこに芋を広げておく。芋の保存方法を聞い
たところ、寒いときにムシロをかけるだけで、あとは放って置くだけだという。大滝の栃
本という環境がそうさせるのだろう。普通の家では暑くてすぐに腐ってしまうと思う。芋
を運び終えてやっとひと息ついた。                        
 千代子さんの家の周りには花がたくさん咲いている。千代子さんは花が好きで、家の周
囲だけでなく、畑の周りや関所の周りなどに沢山花が咲く植物を植えている。栃本が好き
で、栃本が少しでも綺麗になればいいと笑う。「ここは本当にいいとこだかんねえ・・」
という千代子さんの声が明るい。