山里の記憶26


小梅漬け:山中みのるさん



2008. 6. 25



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 6月25日、大滝の栃本。山中豊治さん、みのるさん夫妻の家を訪ねた。ちょうど小梅
を漬ける時期だというので、お願いして「小梅漬け」の取材させてもらうことになった。
みのるさん(73歳)の家は「民宿やまみち」の看板が出ている家で、すぐに分かった。
家に伺って挨拶もそこそこに、すぐに山の畑の小梅を採りに行くことになった。畑はここ
から車で2分ほど上ったゴボウ平にある。                     

 車を畑の前に停め、みのるさんと豊治さんが畑に入る。この畑もイノシシや鹿の被害を
受けている。全体を網で囲んであるが、それでも被害が出るそうだ。畑にはお茶とワラビ
が植えてある。採り頃のワラビが沢山顔を出している。お茶は、今年は豊治さんが右手を
怪我した為に葉摘みが出来なかったそうで、伸び放題になっている。         
「刈り込みをしなきゃいけねえんだけど、まだ半分も出来ないやねぇ」豊治さんが言う。
豊治さんの右手の怪我の影響は大きかったようだ。暑い日だったので、みのるさんは麦わ
ら帽子をかぶって完全装備。足が悪いので杖をついてゆっくりと斜面を登る。小梅の木は
畑の一番上にある。栃本の畑はどこも急斜面だから、足の悪い人は大変だ。      

みのるさんの家。民宿「やまみち」は現在休業中。 畑を登っていくみのるさん。急斜面の畑は登るだけでも大変。

 梅の木には沢山の実が付いていた。豊治さんが枝を下に引っ張り、みのるさんが腰カゴ
に梅の実を採って入れる。二人の掛け合う漫才のような会話が山の畑に響く。腰カゴはあ
っという間に半分くらい梅の実で埋まった。頃合いと見て、豊治さんが「そのくれえにす
べえ」と声をかける。次は畑の下の方に生えている赤紫蘇を採る。梅も紫蘇も無農薬自然
栽培。この材料で作る小梅漬けだから美味いはずだ。腰カゴが赤紫蘇でいっぱいになった
。みのるさんも満足そうに笑っている。日射しは暑いが、風が涼しくて気持ちいい。  

山の畑にはお茶とワラビが植えてある。ワラビが沢山出ていた。 小梅の枝を持って実を採っているみのるさん。

 家に帰り、裏の水場で小梅を洗う。桶に小梅を入れ、汚れやゴミを取る。この時に小梅
のヘタもきれいに取り除く。洗った小梅は二日間ほど水に浸しておくのだそうだ。灰汁に
浸してアクを取る人もいる。この日は、二日前に洗って水に浸した梅を漬け込むところを
見させてもらった。
 小梅は水から上げてザルに取り、水気が無くなるまで乾かす。水気が残っているとカビ
る原因にもなるし、味が水っぽくなる。小梅を乾かす間に赤紫蘇をよく洗う。ゴミや汚れ
を落としたら、ボールでよく揉む。力を入れて揉んでいると赤い汁が出てくる。周辺には
紫蘇の香りが漂ってくる。アクがあると言って揉んだ時の汁を捨てる人もいるし、一緒に
小梅に漬け込む人もいる。みのるさんは汁を一緒に漬け込んだ。           

 赤紫蘇を揉み、一段落したとところで、みのるさんが皮すり器を持ってきた。聞くと、
「紫蘇の赤味が足りないときはこうやって梅の実をすって足すと、いい色になるんだいね
え。酢を足す人もいるけど、あたしは梅の実をすって足すんさあ・・」小梅の実を2個す
って赤紫蘇に加えた。そしてさらに揉む。赤紫蘇の香りが強烈になり、色が真っ赤になっ
てきた。「この香りがいいやいねえ」みのるさんの笑顔が明るい。          

 水を切った小梅の実を桶に入れ、その上に塩を振る。昔は小梅2升に1合の塩を振った
そうだが、昨今は減塩志向もあり、それほど塩は入れない。昔は保存食としての要素が強
かったが、今は美味しく食べることに主眼が移っているので、塩分を少なくする傾向にあ
る。さらに、酢や焼酎を少し加えるとカビずに美味しく出来上がる。中にはラッキョウを
漬け込んだ「ラッキョウ酢」を加える人もいる。各家庭で様々に工夫され、小梅が漬け込
まれている。                                  

 塩を振った小梅の上に、先ほどの赤紫蘇を汁ごとかける。上に均等になるように赤紫蘇
を広げ、その上に中ブタをして重石を置く。この時は少量だったので5キロの重石を置い
た。ビニールなどは敷かず、中ブタの上に重石を置いたが、量や器に応じてこの辺のやり
方は変わる。漬け込んだ小梅はそのまま置いて3週間ほどで食べられようになる。1ヶ月
も漬ければ充分美味しく食べられるそうだ。漬け終わった小梅を干して梅干しを作ること
も出来るし、そのままでも冷暗所で保存すれば1年以上置いても食べられる。お茶受けや
、ご飯のおかずにカリカリの小梅漬けを食べることが出来る。            

水に浸けてあった小梅をザルに上げて乾かす。 一年前に漬けた小梅と、それを干して作った梅干し。

 我々は小梅漬けに限らず、梅干しや梅酒でたくさんの梅を摂取する。梅の効用は古来か
ら薬として用いられたほどで、様々な効用が伝えられている。その主なものは次の通り。

その1:疲労回復に効果がある                          
 梅のクエン酸には乳酸を分解して対外に排出する働きがある。乳酸は蓄積された疲労物
 質で、クエン酸は乳酸そのものを作りにくくする効果もあると言われている。    
その2:殺菌効果がある                             
 夏のお握りやお弁当に梅干しを入れるのは、その殺菌・抗菌効果を利用したもの。  
その3:食欲増進→夏バテ予防                          
 梅干しを思い浮かべるだけで口の中がつばで溢れる。胃液の分泌も活発になり、食欲が
 増してくる。特に夏の暑いときに食欲を増進させる働きは素晴らしい。       
その4:血液をサラサラに                            
 酸性食品が増えた現在、我々の血液は酸性に傾きがち。梅はアルカリ食品の代表で、少
 量摂取するだけで血液を正常な弱アルカリ性に戻し、またカルシウムの吸収も助けるた
 め、イライラやストレスを消し、神経を静める作用があると言われている。     
その5:肝機能を高める                             
 梅に含まれるピクリン酸は肝機能を高めると言われている。            
その他にも様々な梅の効用が伝えられている。                   

 小梅漬けを作りながらみのるさんにいろいろ昔の話を聞いた。手を忙しく動かしながら
みのるさんは色々な話を聞かせてくれた。                     
 みのるさんは影森で産まれて育った。住所は親の仕事の関係であちこち移った。当時大
滝では二瀬ダムが工事中で工事の関係者が大勢いた。兄が大滝で映画館の仕事をやってい
て、手伝ってくれと頼まれて大滝に来た。忙しい毎日だったが充実していた。大滝の人達
とも懇意になっていき、そのうちに何となく豊治さんと結婚することになっていった。 

 最初は栃本のことを何も知らず、実際に来てみて驚いた。結婚前に友人から「栃本の女
の人はみんなもんぺを穿かなくちゃいけないんだよ」などと言われていた。そんなものか
と思っていたが、実際に本当に山の中だったので驚いたものだった。足が悪いので、山仕
事などは豊治さんがやってくれたが、最初は目が回るような日々だった。栃本の人は本当
に良く働く人ばかりだった。豊治さんは農協の仕事が忙しく、日々の仕事はもっぱらお母
さんとみのるさんが手分けしてやっていた。                    

 栃本に民宿ブームが来たとき、豊治さんが言いだして「民宿やまみち」を始めた。栃本
で一番小さい民宿だった。豊治さんはもっぱら農協の仕事があったので、民宿はみのるさ
んとお母さんの仕事だった。二人の娘もよく手伝ってくれた。みのるさんは大滝電子とい
う会社に勤めながらの民宿仕事だった。豊治さんはお酒が大好きで、客に酒をおごること
も多かった。みのるさんは当時を思い出しながら言う。「自分が飲むんで、飲んべの客ば
かり来るようになったんだいねえ。困ったもんだったんよ」と笑った。        

みのるさんは頑張って、頑張って民宿をやった。大滝電子を辞めて民宿一本で頑張ろうと
思った。しかし、いざ退職してみたら気力が残っていなかった。今までの頑張りで使い果
たしてしまったのだろう。「もう、疲れちゃったんだいねえ」とみのるさん。体力的にも
精神的にも限界だった。民宿は休業することになった。               
 民宿を休業するようになって13年になる。今年の10月まで免許は残っているが、そ
の後の更新は考えていない。13年の間に一度だけ客を泊めたことがある。バイク乗りの
学生3人が来たときだった。どこに電話しても断れ、泊まるところがない、という懇願に
仕方なく3人を泊めた。13年間、後にも先にもその時だけの営業だった。      

 二人の娘が嫁に行き、遊びに行くのが今の楽しみだという。二人とも篭原にいるので会
うのに便利なんだと笑う顔に屈託がない。美味しい小梅漬けがお土産になるのだろう。