山里の記憶34


竹炭で工芸品を作る:高田 実さん



2008. 10. 28



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 10月28日、何度か連絡を取っていた小鹿野の高田実さん(75歳)に会うことが
できた。実さんは竹炭で工芸品を作り、秩父の矢尾百貨店で行われる手作り作品販売会
などに出品している。竹炭で工芸品を作るのはものすごく難しいものだと思っていたの
で、お願いして取材させてもらうことにしたのだ。                
 実さんの家は黒海土(くろかいど)の交差点近くの和田地区にあったのだが、家が分
からず、車で行ったり来たりして、最後は電話で確認してやっと辿り着いた。ピンポイ
ントで家を探すのは難しいものだ。昔と違って外に人がいないので聞くことも出来ず右
往左往することが多い。まあ、とにかくたどり着けて良かった。          

 実さんは焼き上がった竹炭を製品にする作業をしているところだった。挨拶を交わし
て作業場の中に入って話を聞いた。生まれが私の集落の隣だったこともあり、知り合い
のことで話が弾んだ。                             
 実さんは若いときから瓦を焼いて屋根を葺く屋根屋として生計を立ててきた。お兄さ
んが始めた屋根屋を一緒にやり、役場の屋根を葺くほど盛況だった。そんな順調だった
仕事が一変したのが事故だった。野上(のがみ)の建前でのことだった。梁の上に置か
れていた浮き板に足を乗せ、そのまま落下してしまったのだ。落下中、無意識に伸ばし
た腕が何かを掴んだが、そのまま落下してしまい、肩を脱臼してしまった。激痛に耐え
、野上から自分で車を運転して家に帰ってきた。                 
 ところが、家の座椅子に座ったとたん、激痛で動けなくなってしまった。そのまま小
川の日赤病院に運ばれ、一ヶ月間の入院になってしまった。激痛の原因は肩の脱臼では
なく、脊髄の損傷だった。ひたすら静かに治るのを待つだけの生活になった。退院する
前に医者に言われた。「もう屋根屋は無理だ・・・」実さんはそれを聞いて、仕事を辞
めた。69歳の時だった。                           

 何か家にいながら出来る仕事を・・と考えて「竹炭」を焼くことにした。当時竹炭ブ
ームで、良質の竹炭が焼ければ、道の駅などで良く売れたものだった。幸い、実さんは
瓦焼きの経験があったので、使える道具類も多く、焼きの経験も素人では分からない感
覚を身につけていた。しかし、始めてみると竹炭焼きは難しく、試行錯誤の連続になっ
てしまった。竹炭を焼く窯は自分で作った。耐火レンガを耐火セメントで固め、蓋はク
レーンのように持ち上げる形にした。蓋と窯の縁は密閉し、熱が逃げないようにした。
3年前に作ったこの窯はバーナーが付いている。このバーナーで火力が格段に上がるよ
うになり、良質の竹炭が焼けるようになった。                  

竹炭の製品。昔はたくさん売れたこともあるが、最近は売れない。 この窯で15時間以上かけて竹を炭に焼く。煙突から竹酢酢を取る。

 この窯の前はドラム缶で焼いていたのだが、ロスが多いのと、出来上がりの品質にバ
ラツキがあり、とても商品には出来ない炭だった。窯の温度は竹が燃えてしまうと一定
以上に上がらなくなる。ドラム缶ではどうしても竹が燃えてしまい、温度が上がらなか
った。出来た炭は練らしが足りなくてソッケない炭(ガサガサ、フカフカの炭)ばかり
だった。                                   
 新しい窯になって竹炭はきちんと焼けるようになった。しかし、実さんはそこで満足
しなかった。「作るんが面白れえんだいねえ、いろんなもんを作るんが好きなんで、色
々試すんだいねえ」と今度は、竹炭で工芸品が出来ないかと試行錯誤し始めた。   

 「秩父じゃあ、こうゆうやり方で焼いてる人はいねえんだいねえ」と工夫の一端を披
露してくれた。詳しくは書けないが、いわゆる「花炭」を焼く方法と原理は同じだった
。蒸し焼きにするのだ。この方法であれば、どんな形の竹でも炭に出来る。あとは、そ
の出来上がりの状態が一定すればいい。                     
 しかし、ここからがまた難しかった。火力の調節の微妙なこと。材料の状態によって
出来上がる炭が変わること。バーナーの火を何処に当てて、どこに回すかで出来上がり
がまったく変わってくる。まったく竹炭を焼くのがこんなに難しい事だとは思わなかっ
たと笑う。「元なんか考えてたら出来やあしねえやねえ。売る以前に、気に入ったもん
が出来ねえんだから嫌んならいねえ・・」目指すのは備長炭のような竹炭。キンキンと
高い音が響くような堅い竹炭だ。様々な形の竹細工が備長炭のような炭に焼き上がるこ
とを目指している。                              

竹炭の工芸品。竹を削ったものを炭に焼き上げる。 きれいな色の竹酢酢。木酢酢より穏やかな効き目だという。

 今、実さんが焼いている竹炭は孟宗竹を使っている。一窯で10尺の青竹を5〜6本
使う。長さを揃えて切って割り、窯に詰めて焼く。焼くのはバーナーを使って15〜6
時間かける。石油を約10リットルも使う。焼き上がった竹炭は揃えて切り、電動ブラ
シで微細な汚れを磨き取る。ここまでで5日かかる。               
 磨き終わった竹炭を不織布の袋に詰め、さらにビニール袋に詰めて口を締める。  
「ちょうきゅうにやれば、1日百個くらい出来るんかさあ・・」一窯の竹を焼いて、製
品にするだけで一週間かかる。「炭だけで食ってけりゃあいいんだが、遊びでやってる
ようなもんだかんねえ」「作るんは好きだけど、売るのは本気じゃねえんだいねえ」と
手を動かしながら実さんが言う。                        

 実さんの竹炭は「秩父産(ー)イオン竹炭」という名前で販売されている。不織布の
袋に入っているため、そのまま使用することが出来る優れものだ。風呂に入れたり、部
屋の空気清浄、冷蔵庫の脱臭、タンスや車の脱臭、虫除け、飲み水の浄化などに使うこ
とが出来る。飲食に使用することも出来る。炊飯の場合、一枚を良く水洗いして炊くと
きに入れる。飲み水の場合、水1.8リットルに2〜3枚を良く洗って入れ、一晩置け
ば浄化出来る。                                
 一週間くらい使ったら煮沸して天日で乾かすことでも再利用出来る。煮沸すると、竹
の導管に吸着していた匂いの成分が湯に溶けだし、色が変わるほどになるという。三ヶ
月くらい使ったら新しいものと交換するのがいい。2個の竹炭を交互に使うと効率的。

 竹炭を焼いているということで、あちこちから問い合わせが来る。青森の十和田市か
ら竹炭について問い合わせがあり、現物を送ったこともある。長瀞の人が竹炭焼きの写
真を撮りに来たこともあった。どこかの役場の人が「竹が増えてきたのでそれを利用し
て竹炭に焼きたい」と竹炭の焼き方を尋ねてきたこともある。           
「無理な話だったいねえ、竹炭に焼ける量なんて、たかが知れてるかんねえ・・・」 
竹炭作りで里山いっぱいの竹を処理出来ると思うのが間違いというものだ。設備投資と
手間が尋常なものではない。これには私も同感した。               

 作業場には丸ノコ3台、穴開けのボーリング一台、ノミ多数、電動ドリル多数と道具
に溢れている。道具代だけで百万を軽く超える。「けっこう金をかけてるけど、元は取
れないやねえ。売り上げったっていくらもねえんだからねえ・・」         
 竹炭を焼くときに出来る竹酢酢も売る。500ミリリットルのペットボトルで250
円から300円だ。昔は同じものが1000円で売れたという人がいるが、そんなのは
昔話だ。竹炭ブームが去ったともっぱらの話だが竹炭の工芸品だったらまだ売れる可能
性があると思っている。実さんの挑戦は、工芸品を竹炭で作ることなのだ。     

燻し(いぶし)作品がズラリと並んだ収蔵庫。 この窯で燻し作品を作る。手前のストーブで木を燃やす。

 実さんは竹炭だけでなく「燻し(いぶし)」製品作りもしている。簡単に言えば「竹
の薫製作品」とでも言えるだろうか。様々な形の良い竹を加工して成形し、窯に入れて
木を燃した煙で燻す。煙に含まれるタール成分が付着し、黒光りした重厚な竹の作品が
出来上がる。燃やす木の種類によって出来上がりの色が微妙に違って面白い。煤竹(す
すたけ)製品のような感じの作品が、収蔵庫に沢山並んでいた。          
 燻し作品は煙の香りというか、木酢酢の香りが強い。              
「この匂いがイヤだってえ人が多くってねえ、こればっかりは何ともならんしねえ」 
また、生竹を使うので乾燥具合でヒビが入ることもあり、その対策も頭が痛い。こちら
もまだまだ改良の余地ありで、まだまだ試行錯誤の日々が続きそうだ。       
 形が面白い竹の根部分が作品の材料として大量に保存されている。この材料達が製品
になるのはいつの日だろうか。形あるものを作り上げるのが大好きな実さん。その試行
錯誤が止まることはない。