山里の記憶47


タラの芽栽培:今井角市さん・キクノさん



2009. 4. 23



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 タラノキ【ウコギ科】別名タランボ、タラッペ。日当たりの良い山地の縁、伐採跡な
どに生える落葉低木。高さ2〜3メートル、大きくなると5メートルに達する。成長は
早いが寿命は短い。幹や枝には全体にトゲがある。4月の新芽は柔らかく香りがあり、
山菜として天ぷらなどに利用され、山菜の王様とも呼ばれる。           

 4月23日、小鹿野町両神の薄(すすき)に今井角市(かくいち)さん(74歳)を
訪ねた。タラの芽栽培のエキスパートという紹介があり、この時期ならではの山菜タラ
の芽がどうやって栽培されているのかを取材に来た。今年は例年より山々の緑が早く開
いており、内心「もう開ききっているのでは・・・」と心配しながらの訪問だった。 
 家の前にハウスがあり、そこで奥さんのキクノさん(74歳)が出迎えてくれた。す
ぐに角市さんもやってきてタラの芽栽培の話になった。心配していた開き具合だったが
畑のタラノキは立派な芽を付けていて、いい写真を撮ることが出来た。       

 この畑のタラノキは山形から仕入れた『蔵王2号』という品種で、ハカマ部分が長い
という特長がある。別に山梨の『駒みどり』という品種もあるが、この畑では芽が凍み
てしまうという欠点があり、今は『蔵王2号』だけを育てている。         
 畑はとても柔らかく耕耘してあり、うっかり入り込むと靴が土に埋まってしまうよう
だった。タラノキは根を横に張るので、うかつに入り込んで根を傷つけてはいけないと
いう事もこの時は知らなかった。写真を撮るために何度か畑に入り込んだが、角市さん
もハラハラしながら見ていたに違いない。                    

家の裏手に広がるタラ畑。写真は二年物のタラノキ。 畑の横に座っていろいろ話してくれた角市さんとキクノさん。

 収穫が進んでいて大部分のタラノキの頭頂部は鋭利な刃物で切り取られていた。キク
ノさんが「おじいさんは『平気だよぁ』って手で採るんだけど、あたしゃトゲが嫌いな
んでハサミを使うんだいねえ・・」と切り口の謎解きをしてくれた。今が収穫の最盛期
なのだ。タラの芽は一番芽と二番芽も採る。太い幹からは太い芽が出る。大きく太い物
ほど喜ばれるし、食べても美味しい。                      
「昔は四反部もやってたが、今じゃあ、はあ、一反部しかやってないんだいねえ・・」
一反部のタラノキから毎日直売所で売るタラの芽を収穫する。直売所以外にも、農協を
通じて市場に出荷したり、蕎麦屋さんに卸したりしている。いつだったか、漢方薬にす
ると言われて、相模原のお医者さんに12キロも卸したことがあった。角市さんのタラ
の芽は、どこでも評判がいい。毎年この時期には引っ張りだこになる。       

 以前は水を使っての促成栽培もやっていた。11月末に畑のタラノキを30センチ残
して切り取り、芽が出てくる節ごとに切り離し、トレイの水に浸ける。温室でそのまま
放置すると、太陽熱だけで芽が育ち、一ヶ月で出荷できるようになる。太い枝だけを切
って使うと太い芽が収穫できる。細い枝からは細い芽しか出てこない。       
 大量のタラの芽が収穫出来るので、10年くらいやっていたが、今は手間をかけられ
なくなったので止めた。水を取り替える手間が大変なのだ。今は畑に植えてあるタラノ
キの世話だけで精一杯だと言う。                        

 15年ほど前に『タラ栽培研究会』が出来てタラの栽培を始めた。15人ほどの会員
が苗を分け合ったり、栽培方法を勉強し合ったりしていた。もんぱ病の対応などもみん
なの関心事だった。しかし、最近は会員も高齢化し作付け面積も少なくなってきている
のが現状だ。目立つ作物なのでドロボウの被害も多い。鎌で木を切って持っていくドロ
ボウもいる。角市さんの畑は人家の近くなので被害はまだ少ないが、山の畑ほど荒らさ
れる事が多いそうだ。困ったことだ。                      

畑から角市さんの家を望む。青空と緑と白い雲が絵のようだ。 角市さんがタラの芽を採る。素手で太い芽を折り採る。

 畑の土作りは重要だ。土の善し悪しで成長はまったく違ってくる。堆肥がたっぷり入
った畑では太いタラノキが育つ。キクノさんが問わず語りに言う。「この畑は下に水が
通る道があるんで、あまり良くないんだいね」角市さんも言う。「日影の畑の方がいい
んだいね、南向きの畑より、北向きの畑の方がいい木が育つんだいねえ・・」日影の畑
の方がいいとは・・・今まで考えていたことと少し違うようだ。          
 肥料は一反部の畑に60キロの化成肥料を入れる。なるべく柔らかく耕し、畝の間に
は、大量のもみ殻やきゅうりの残滓を入れて土の乾燥予防にする。堆肥は出来るだけ入
れるようにしている。堆肥を入れた場所に生えているタラノキはひときわ大きく育って
いる。2年物の畝には株元に鶏糞とムサシという肥料を蒔く。           
 4年で2メートルくらいの大きさに育つが、あまり大きく育つと芽を採るのが大変な
作業になる。脚立を使っての作業は効率が落ちることになり、2メートルくらいに仕立
てておくのが栽培のコツだ。                          

 角市さんの本業はハウスのキュウリ栽培だ。キュウリが始まる前に出荷できるという
利点から、タラの芽やウドの栽培を始めた。キクノさんは直売所に出荷する時が楽しみ
なんだと言う。直売所に来ている人との会話が楽しいのだ。専業農家としてこの年まで
働けることが嬉しいと二人は言う。夫唱婦随の専業農家、羨ましい限りだ。     

 角市さんに苗の作り方を聞いた。「挿し木で育てると言って、枝をそのまま畑に刺す
人がいるが、それではダメだ」苗は根から採る。タラノキの根は浅く、四方八方に伸び
ている。その根には至る所に萌芽の膨らみが出来ている。この根を丁寧に掘り、10セ
ンチくらいに切ったものを浅く植え付ける。この方法でやれば、ほぼ100パーセント
発芽する。自然の発芽時期に合わせて植え付け、発芽したら雑草に負けないように除草
してやるのがポイントだ。タラノキは日光にさえ当たればスクスク成長する。    

 畑からハウスに戻り、中のイスに座ってお二人に昔の話を聞いた。キクノさんは上吉
田に生まれた。小鹿野まで自転車で峠を越えて洋裁や和裁を習いに通っていた。離れた
地区同士の人でも、映画やお祭りなどで交流があり、縁があって両神の角市さんに嫁い
だ。「もともと百姓じゃあなかったんで、山の中に嫁に来た当時は大変だったいねえ」
と昔を懐かしむ。キクノさん24歳の時のことだった。              
 恋愛結婚だった。結婚して今年で50年になる。夫唱婦随の専業農家で金婚式を迎え
ることになる。本当に立派なことだと思う。                   

ハウスでウドの栽培もしている。大きな真っ白いウドだ。 家の前で二人に並んでもらって写真を撮った。

 元々はこの場所ではなくて、もっと奥の塩沢耕地に住んでいた。忘れもしない平成3
年10月12日、角市さんが畑に出かけた直後の事だった。折からの長雨で家の裏山が
崩れ、2軒あった家があっという間に崩壊してしまったのだ。キクノさんはその時、木
の根が引きちぎれる『ミシミシ』という音が今でも耳に残っていると言う。     
「木がね、立ったまんまこっちに流れてくるんさあ、もう必死だったいねえ。息子が孫
をしょって飛び出してくれたんで助かったけどねえ・・・」            
 昭和34年に建てた、山で木挽きした立派な梁を持つ自慢の家は一階がペシャンコに
つぶれ、二階にそのまま入れるようになってしまった。立派な梁は屋根の形をしっかり
残したが、家としては跡形も無かった。上隣にあった家は角市さんの家の屋根にのしか
かるようにつぶれていた。土砂崩れ危険地帯でもなかったのに、自然の災害は思いも寄
らない形で身に振りかかってきた。それから2年、今の地所を求め家を建てた。   
 本当に大変な苦難を二人で力を合わせて乗り切ってきた。価値ある金婚式だと思う。

 タラの芽を食べるのは何と言っても天ぷらだ。キクノさんは天ぷらの他にも茹でて刻
んで、酢みそ和えや胡麻和えで食べるのも美味しいと言っていたが、やはり天ぷらが最
も一般的だと思うので、ここで美味しい天ぷら作りのコツを書いてみたい。     
 取材したのは小鹿野町新井の和食処『まる銀:たじま』のご主人。以下はその手順。
・卵1個と1カップの水で卵水を作る。                     
・同量の天ぷら粉を加え、泡立て器で切るように混ぜてサラサラの衣を作る。    
・タラの芽全体に天ぷら粉を付けて、余分な粉を落とす。             
・サッと衣につけて170度の油で揚げる。                   
・油の温度が下がらないように3個くらいしか入れないようにする。        
この手順で揚げた天ぷらは、ホクホクして本当に美味しかった。まさに山菜の王様だ。