山里の記憶69


架線集材 その1架線を張る:森越又吉さん



2010. 3. 12



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 以前から機会があったら架線集材の取材をしたいと思っていた。今回、知り合いから紹
介してもらったのが森越林業の森越勝治さん(78歳)だった。勝治さんは弟の森越又吉
(またきち)さん(76歳)と二人で山梨県のヒノキ林を伐採して、架線で集材するとい
う。早速自宅に伺い、取材を申し込んだ。まだ2月のことで、山には雪が残っており、架
線を張る作業が出来ない。3月になったら作業できるだろうということで、首を長くして
連絡を待っていたところ、やっと3月3日に「明日やるから来てくんな」という連絡があ
り、翌日の取材が決まった。                           

 3月4日(木)朝8時に「道の駅牧丘」で待ち合わせ、合流して現場へ向かう。現場は
琴川上流の林道終点に近いところで、見上げる斜面には太いヒノキが一面に倒されていた
。聞くと、全部二人で倒したのだという。ほとんど斜面に対して横に倒されている。プロ
の見事な伐倒の技に驚くとともに、年齢を感じさせない体力にも驚くほかなかった。  
 この日は寒かったので、焚き火で暖まりながら作業をする。今日の作業はエンドレスワ
イヤーをつなぎ、集材機のドラムと接続することだという。聞いても実際のところ、よく
分からない。又吉さんがワイヤーを切ってつなぐやり方を見せてくれた。       
「これが手間なんだいね。四十八通りのやり方があるっていうんだけどねえ・・」話しな
がらも手がクルクルと動き、6本にほぐしたワイヤーを絡ませながら編み込むようにして
輪を作った。そして、余ったワイヤーをカッターで切れば出来上がりだ。この輪にもう一
方の端を通し、同じように輪にして繋げばワイヤーがチチワ状態でつながる。     

山肌一面にヒノキが倒されている。これを二人で全部倒した。 架線集材の肝になる集材機。今回は3ドラム式の「南星」を使う。

 丸太を集める場所を土場と呼び、集材機の近くで道路に面した場所に作る。斜面に生え
ている木を利用したり、丸太をワイヤーで縛って組み上げて、すでに立派な土場が作られ
ていた。土場の中心になるのは太い唐松の木だ。そこに太い丸太を添え木のようにワイヤ
ーで補強し、四方八方にワイヤーが張り巡らされている。              
 ワイヤーが屈折する部分には滑車が使われており、その緻密な配置に驚かされる。エン
ドレスワイヤーはこの滑車を伝って山と土場と集材機を循環している。勝治さんが言う。
「まず、場所を見ることだいね、木の位置、電線の位置なんかを見てやらないとね・・」
「架線を二本引きながら支点を取るんだいね」「立木で使える木を使って支点を決めるん
だいね」「ワイヤーを張るんが大変でねえ、間違えることも多くなったいね」     

 架線集材に欠かせないのが集材機だ。今回は3ドラム式の「南星」を設置してある。デ
ィーゼルエンジンで、エンドレスワイヤーの巻き上げ、横行ドラムの正転、逆転、制動、
停止などのワイヤー操作が出来る機械だ。架線集材の中心になる。そして、この機械で動
かすワイヤーがきちんと動くように山に設置するのが最初の仕事になる。       

 まずロープを張って、そのロープでワイヤーを引っ張り、全体に張り回したらドラムに
巻いて先端を結合させて循環式のエンドレスワイヤーにする。書けば簡単だが、200m
もの急斜面にロープを張り回すことだけでもどれだけ大変なことか。ヒノキの大木が累々
と倒れている急斜面を500mのリードロープ、重量で30キロものロープを担いで登る
ことが、どれだけ大変な作業か・・・考えると気が遠くなる。それをこの老兄弟は淡々と
やりこなしている。「そうさなあ、架線を張るんに一週間から十日かかるかさあ。若い時
なら三日か四日で張ったもんだけどねえ・・」                   

 この山は山梨県の県造林で、60年生のヒノキ林を入札で元請け会社が買ったものだ。
森越林業は元請けの会社から伐採と搬出を請け負っている。道が切れないような急斜面の
仕事をする人が少なくて、自然にこういう仕事が入ってくるのだという。若い人たちは架
線を張るような現場を嫌がり、林道を使ってハーベスタなどの林業機械で伐採、搬出する
仕事を選びたがる。少しでも平らならユンボで道を作って機械搬出をするほうが確かに楽
だ。しかし、林床を荒らさず、再生可能な林業を目指すなら、架線集材の方が望ましい。

 元請け会社は秩父の会社だが、最近は山梨県の仕事が増えてきた。雁坂峠を越えて作業
に来られるのだが、通行料金とガソリン代は自分持ちなので大変なんだという。山に来て
すぐに搬出できるというものではなく、架線設置だけでも10日以上かかるし雨も多い。
雨が多いと作業が遅れるだけでなく、材の乾燥が進まないので重い丸太を運ばざるを得な
くなる。これもバカにならないマイナス要因だ。「まったく、ガソリン代を稼ぐだけで大
変だよお!・・」と勝治さんが叫ぶような声で言う。                
 午後から小雪がちらついてきた。寒さが全身を包む。作業が一段落したところで今日の
取材は終了した。次回は本線と呼ぶ太いワイヤーを張る日に伺うことになった。    

ワイヤーを輪にしてつなぐ方法を実演して見せてくれた又吉さん。 本線を張る日の朝、助っ人二人を加えて打ち合わせをしている。

 3月12日金曜日。前日夜にいきなり勝治さんから「明日やるから来な!」と電話があ
り、急遽仕事をキャンセルして現場に来た。前日の雪が山に残っていて、真っ白な山だっ
た。先に着いたので、寒さしのぎに焚き火をしながら待つていた。          
 今日は大変な作業なので助っ人が二人一緒に来た。斉藤さんと黒沢さんだ。よく勝治さ
んの手伝いをしているとのこと。自己紹介と挨拶をして作業に入る。本線のワイヤーは太
さが20mmで、林道脇にグルグル巻きで置かれている。これをメイン支柱の滑車に通し
、山の上に引っ張り上げて固定するのが今日の作業だ。               

 斉藤さんがスルスルと支柱の唐松に登る。腰に安全帯を着けて、体を支柱に固定してか
ら作業に入る。梯子でその後から又吉さんが猿のように登って行き、ワイヤーを引っ張り
上げる。下からは黒沢さんがワイヤーを送り出す。3人の共同作業でワイヤーが滑車に通
り、エンドレスワイヤーに固定された。これで、エンドレスワイヤーを回転させることで
山の上まで本線ワイヤーを送り出すことが出来るようになった。           
 又吉さん、黒沢さん、私の3人が本線固定のために山を登る。斜面の右側に細く作られ
た山道を、雪で足を滑らせないように注意しながら登る。頂上に着いたら大汗をかいてい
た。早速、設置されたインターホンで下の勝治さんに合図する。すぐに張られたエンドレ
スワイヤーが回転し始め、下から端を固定された本線ワイヤーが伸びてくる。     

 本線ワイヤーが上に着いた。固定確保し、エンドレスワイヤーから外す。そして余り部
分を三人で引っ張り上げる。タイミングを揃えて、声を合わせて太いワイヤーを雪の上で
引きずり上げる。手はグシャグシャになるし、冷たいし大変な作業だった。      
 伸ばした本線ワイヤーは、上に立っていた直径1m以上あるのモミの木を二巻きしてク
リップ四箇所で固定された。終了後、すぐに山を下り下部の本線固定に向かう。    
 下の固定場所は川の横にある大きな岩と立木だ。岩には4重にワイヤーが巻かれており
その端が手前の立木に巻き付けられていた。この立木に本線ワイヤーを固定する。   

張った本線にキャレージ(運搬具:重さ20キロ以上)を吊る作業。 本線の下部を引っ張って止める。岩と木にワイヤーで止める。

 まず、チルホールに本線ワイヤーを固定し、支柱の唐松上でキャレージという20キロ
以上ある重い運搬具を本線ワイヤーに取り付ける作業に入った。じつはこの作業がものす
ごく大変な作業だった。身軽な斉藤さんが空中でキャレージを引きずり上げるのだが、重
くて上がらず、ロープをかけてみんなで引いてずり上げる。上がったキャレージを水平に
取り付けるのが本当に大変で、下で見ていた私はハラハラし通しだった。空中作業をして
いた斉藤さんは、たぶん両腕が麻痺するくらい力を使ったのではないだろうか。    
 途中、シャックルの向きが逆で付け直すような事もあったので、体力の消耗はものすご
かったと思う。見ているだけで疲れてしまうような大変な作業だった。一緒にやっていた
又吉さんも凄い。年齢を感じさせないパワーがある。                

 キャレージが付いた本線をピンと張る作業が始まった。本線の元部分に金具を付け、そ
れをチルホールでゆっくりと引っ張る。ピンと張った状態でクリップ止めする。最も荷重
のかかる部分なのでしっかりと固定する。全員が順番にビスを止め、全力で締め上げる。
何度もそれぞれに確認する。このビスが緩むような事があると重大な事故につながる。 
 キャレージが空中に浮かんでいる。これが丸太を山の上から下に運ぶ道具だ。今日の作
業はここまでだったが、このキャレージから丸太を吊り上げる為のワイヤーを張るのが最
後の仕事になる。それが終われば実際に丸太を山から引きずり下ろす作業に入る。次回は
丸太を山から降ろす作業を取材させてもらうことになった。             

その2に続く。