山里の記憶70


炭酸まんじゅう:黒澤ツルさん



2010. 5. 11



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 5月11日、私と吉瀬さんを乗せた黒澤さんの車は合角(かっかく)ダムの漣(さざな
み)大橋を渡り、日尾の長久保へと登って行った。今日伺うのは、長久保耕地の黒澤ツル
さん(77歳)の家だ。車を運転しているのは、陶芸家で吉田町に住んでいる息子の有一
(ゆういち)さん(47歳)だった。                       
 吉瀬さんの紹介で、お母さんの炭酸まんじゅう作りを見せて頂くことになっていた。 
 長久保耕地中程の藤棚の横に車が止まる。有一さんに続いて私と吉瀬さんが家に入る。
「おじゃまします・・」「いらっしゃい、どうぞ中へ・・」中から元気な声が聞こえ、ツ
ルさんが顔を出した。聞いていた年齢よりもずいぶん若く見え、声も動きも元気だ。  

 炬燵に入るとすぐにツルさんがひと皿のおまんじゅうを出してきた。「今日、来るって
聞いてたんで、栗まんじゅうを作って置いたんだいね。まあ、食べてみてくんない・・」
これには恐縮してしまった。挨拶もそこそこにおまんじゅうを頂く。ツルさんが説明して
くれる。「山栗を拾って、茹でて、実をほじくって冷凍して置くんだいね」「山栗は甘い
んで、そのまま餡こになるんだいね。これは砂糖を少しだけ入れたんだけどね・・」  
 まんじゅうを噛むと、栗餡の甘さが口に広がった。「おお、本当だ栗ですね!」思わず
声が出る。吉瀬さんも「これは美味しい・・」とペロリと食べた。有一さんが「山栗は俺
が拾ってきて、おふくろんとこに持って来るんだいね・・」と言う。今は山の動物が多く
なり、山栗を拾うのも大変なのだ。元気な人でなければ出来ない。ツルさんも言う。  
「孫と山栗を拾うんが楽しいんだいね・・」確かに、こんなおいしいおまんじゅうになる
んだったら、頑張って山栗を拾うよな・・・と、ちょっと羨ましかった。       

こたつでファイルを見てもらい、打ち合わせをしているところです。 ツルさんの料理メモ「いろいろ作り方帳」。お袋の味全集。

 お茶を頂いて一休みしたら「そろそろやろうかね」というツルさんの言葉で炭酸まんじ
ゅう作りの実演が始まった。きれいに片付けられた台所。壁にはツルさんが書いた「いろ
いろ作り方帳」というノートが掛けられていた。今までに作った料理のレシピが書かれた
ノートだった。中は丁寧な文字で「おふくろの味」料理のレシピがぎっしりと書き込まれ
ていた。「あたしゃ几帳面なんで、書いて残しておきたいし、聞いたものは作ってみたい
んだいね・・・」という言葉の通りに片付けられた台所でまんじゅう作りが始まった。 

 小麦粉は地粉を使う。500gの小麦粉に25gのベーキングパウダーを加える。別名
ふくらし粉だ。重曹を使う人もいるが、「重曹は苦みが出る」と言ってツルさんは使わな
い。これで15個くらいのまんじゅうになる。ふくらし粉を使うので「炭酸まんじゅう」
と呼ばれている。小麦粉に砂糖や黒砂糖を混ぜて皮の生地を作ると「茶まんじゅう」とか
「田舎まんじゅう」と呼ばれる、ほんのり皮の甘いまんじゅうになる。「茶まんじゅう」
にはカラメルを使う人もいる。                          
 小麦粉とベーキングパウダーをビニール袋に入れて、空気を入れて激しく揺する。両手
でシェイクする感じだ。こうすることによって小麦粉とベーキングパウダーが均一に混ざ
りあう。そして、目の細かいフルイで大きなボウルに粉をふるう。          

 水は300ccを計って加える。全体が耳たぶくらいの柔らかさになるようにこねる。こ
ね上がった生地にラップをかけて10分くらい寝かせる。寝かせたほうがもっちりと仕上
がる。餡は小豆の粒あんをすでに作って丸めておいてくれた。            
 大きさが揃っているので聞くと「まんじゅうの餡は40gって決めてるんだいね。あた
しは揃ってないと嫌なんだいね・・」という言葉が返ってきた。お菓子作りは几帳面な人
でなければ、上手く出来ないという話を思い出した。                

 生地を左手の親指と人差し指で作った輪から押し出すように丸くキュッと絞り出す。見
ていると簡単に出来るような気がするが、誰にでも出来ることではない。       
「数をこなしてるから出来るんだいね。昔からどこん家(ち)でも作ってたかんねえ」 
 丸くちぎった生地を使い古した秤に乗せて重さを計る。「今日は皮を55gでやってみ
ようかね」と言いながら両手が激しく動き、目の前に生地の丸い玉がみるみるきれいに並
んでいく。本当に几帳面な性格だということは、置かれた生地がきちんと揃って並んでい
ることでよく分かる。生地を全部分け終わった。15個の生地玉が出来た。      

 生地を手のひらで丸く広げて、餡を真ん中に乗せる。皮が全体に均一になるように左手
の親指と人差し指を上手に使って生地を均一に伸ばす。最後はつまんで寄せ集めて穴をふ
さぐ。ふさいだところに小麦粉をまぶし、形をととのえて板の上から真下に軽く投げるよ
うに置く。こうする事で、全体に丸みを帯びた、まんじゅう独特の形になる。お供え餅を
作るときと同じ要領だが、これも簡単そうに見えて力加減が難しい。         
 有一さんと私もやらせてもらったのだが、投げる力が強すぎて平べったいまんじゅうに
なってしまった。一旦ひらべったくなると、直すことは出来ない。経験と勘が一体になっ
て初めて、あの独特のふっくらしたまんじゅうカーブが出来るという訳だ。      

 ガス台に鍋がかけられた。上に乗せるセイロは二段になっていて、そこにクッキングシ
ートを敷いて、出来上がったまんじゅうを並べる。下に八個、上に七個のまんじゅうが置
かれた。「昔は粗い目のふきんでやってたけど、今はクッキングシートを使うんだいね」
「ほんとに便利なもんが出来たいねぇ・・・」鍋の湯が煮立ち、その上にセイロが置かれ
て蓋が乗せられた。「こうやって20分もふかせば出来上がりだいね」作業が一段落した
ので、この待ち時間に色々な話を聞いた。                     

素早く、あざやかな指さばきで餡が生地に包まれていく。 ふかし上がったまんじゅうをうちわで扇ぐ。扇ぐとツヤが出る。

 「まんじゅう作りは嫁に来てから始めたんだいね。もろこしまんじゅうなんかもよく作
ったもんだったいね。米粉でもち草のまんじゅうも作ったよ。あたしは山栗のまんじゅう
が一番好きだいね・・。有一が山栗を拾ってくれたり、孫と山栗を拾いに行ったりするん
だいね。今は動物がえら出てきて食っちまうんで山栗拾うんも大変なんだい。ハア、競争
だかんねぇ、鹿やイノシシがえら増えちゃって困ったもんだいね・・」        
 「うちの水は五十二年前から山の奥から引いてるんだいね。岩の間から湧いてくる水で
旨いんだよぉ。有一もちょくちょく汲みに来るんだいね。タダで使い放題だし、町の水道
より旨いんだから、町の水道は使わなくなっちゃったよねぇ。昔は大雨で濁ったこともあ
ったけど、今はそんなこともなくなったいねぇ・・」                

 「嫁に来たんは21歳の時で、もう56年前のことだいね。群馬の邑楽(おうら)郡て
いう利根川の近くから来たんだいね。来たときはホントに大変だったよ。えらいとこに来
ちゃったなあ・・って思ったよね。男4人の狭い所帯で流しはねえし、向山から竹で運ん
だ水を使わせてもらって、溜めて使ってたんだいね。凍った水を地炉(じろ:囲炉裏のこ
と)で沸かして使ったもんだったよん・・」                    
 「生活も大変で何度も帰ろうと思ったけど、そん時は母親がお産で亡くなってて、後妻
にも子供がえらいたんで、親戚のおばさんやおじさんに『我慢しろ、我慢しろ』って言わ
れたんだいね。帰るところが無かったんだいね。兄弟にも変な話は出来なかったし、しよ
うがなかったんさあ・・」                            
 「子供は4人だいね。みんないい子だよ。有一なんかよく来てくれるしねえ。みんな元
気でやってるし、孫の顔を見るんが楽しみだいね・・」               

 そんな昔話を聞いているうちに20分たった。ツルさんがセイロの蓋を取る。もうもう
とした湯気が立ち上がり、湯気の中から白いまんじゅうが顔を見せた。        
 「いいみたいだね」と言いながら、ツルさんはうちわでまんじゅうを扇ぐ。まんじゅう
をザルに出して更にうちわで扇ぐ。「扇ぐと照りっていうか、ツヤが出るんだいね・・」
次々にザルに出てくる白いまんじゅう。本当にツヤツヤしていて、じつに旨そうだ。  

 「さあさ、食べましょうかね、お茶でも入れましょう・・」お皿に何個か移したものを
持って炬燵に運ぶ。遠慮なく熱いまんじゅうを割って口に運ぶ。皮はもっちりして弾力が
あり、餡は絶妙の甘さで口に広がる。いや、これは旨い。お菓子屋さんで売っているまん
じゅうのようだ。有一さんも食べながら「これ、売れるよね」なんて言う。      
 お茶請けに出されたきゅうりの漬物や、筍の煮物もじつに美味しかったし、まんじゅう
にも合っていた。いい写真も撮れて、いい話も聞けて、じつに充実した取材だった。  

玄関のゼラニウムは、10年以上ツルさんが咲かせているもの。 家の前は大きな花畑になっている。まるで百花園のような花畑。