瀬音の森日記 30
山便り・炭焼きと薪割り
1999. 1. 22
朝3時半に目覚ましが鳴る。急いで止めて出掛ける仕度をする。釣りに行く以外
でこんなに早く起きる事はないし、この寒い時期に暗いうちから動き出す事など
ないので、体の動きもにぶい。
外に出ると頭から手の先まで突き通すような寒さが一瞬で目を覚ましてくれる。
車のエンジンをかけて暖気運転。近所の手前ゆっくり、静かに、動き出す。まだ
暗いこんな早朝に仕事の車がたくさん走っていて、コンビニでは徹夜で働いてい
る人がいる。自分が寝ている時も世の中は動いている事を実感する。
秩父の山へ向かってひた走る。今日は守屋さんのところで炭焼きの勉強をするの
だ。窯明けを手伝わせてくれるという事で約束の時間が朝6時。それに間に合う
ように行かなくてはいけないのだ。
朝6時の山はまだ真っ暗だ。守屋さんの家に入ってお茶を頂く。奥さんももう起
きていて準備万端だ。窯明けの日はこの時間から動き出さないと仕事が終わらな
いのだそうだ。まだやっと明るくなりかけている時間なのだが、お茶を飲むのも
そこそこに家を出る。
炭焼き小屋は家のちょっと下の方、渓流のすぐ脇に建てられている。小屋の横に
は3尺に玉切った2〜30センチの太さの丸太が山のように積まれている。
守屋さんが窯の口を開ける。粘土で固めた窯口は簡単に崩れて窯の奥、黒い空間
が表れる。この中に炭があるのだ。
窯にびっしりと薪を立てて入れ、口を閉じ、燃し口で7時間ガンガン燃し続け、
火を止めて5日間置いたものがこの中にある。あの太い薪が炭になっているので
ある。奥さんがさっそく中に入る。狭い窯口にテント地を敷き、その上に中の炭
をどんどん置いていく。その生地ごと外に引きずり出して小他の角に炭の山を作
るのは守屋さんの仕事。
「中に入ってみるかい」と言われて、中の仕事をやらせてもらう。中はしゃがん
で作業するのがやっとという広さだ。真っ暗なので目が慣れるまで時間がかかっ
たが作業は簡単な事、目の前にある炭の山を一つずつ窯口まで運ぶだけ。ただ、
思った以上にもろく形が崩れてしまうのが気になる。守屋さんは「崩れたってい
んだあ、うちんなかで使うもんだからさあ」と言ってくれる。
外は寒いのだが、中はサウナのようだ。汗が吹き出してくる。守屋さんもこれで
よく風邪をひくのだそうだ。この中と外の温度差はたしかに風邪の元になるかも
しれない。窯の外には炭の山が出来た。
次の作業は窯への薪詰めだ。5センチくらいの太さの細い薪の束を奥から立てて
並べる。徐々に太い薪を並べるのだが、なるべく密着させてまっすぐに立ててい
く。こうしないと炭になったときに倒れて崩れてしまう原因になるのだ。サウナ
のような窯の中で重たい薪と格闘するので、汗が吹き出してくる。
薪を詰め終わったら窯口を閉じる。ブロックと粘土で上を10センチくらい開け
状態にする。そして窯口の手前にかまど状に火を燃す場所を作る。これもブロッ
クと粘土で簡単に作ってしまう。粘土が高温に耐える優れた性質を持っているの
だ。出来上がったかまど状の場所で火を燃やしはじめる。これは杉の間伐材を割
った薪を使う。ここまでで8時半、これから午後3時までこのままガンガン燃し
続けるのだ。
次の仕込みの為の薪割りをする事になった。3尺の太い丸太に最初は戸惑ったが
守屋さんにやり方を教えてもらい、まさかりを手に丸太の山に立ち向かっていっ
た。この太さの丸太はまさかり1丁ではまず割れない。まず、「ヤ」を打ち込む
のだ。これは鉄のくさびに木の頭を付けたもので、まさかりの裏側で打ち込んで
さらに「カケヤ」で思いきり打ち込む。「カケヤ」はやしゃの木で作った木槌で
重さが10キロくらいあるものだ。この一撃で割れる場合もあるが、それでも割
れなければ、さらに「金ヤ」を割れ目にさし込み、それを前述の「カケヤ」で思
いきり打ち込むのだ。これを何回かくり返すとどんな丸太でも割れる。
「カケヤ」を振り下ろす時の気分は爽快だ。昔剣道をやっていたので、振り下ろ
す動作にためらいは無いのだが、それでも、まっすぐ入らなかったら手首がたま
らない状態になるような気がする。そのくらい重い。
上腕二頭筋、大胸筋、背筋が軋んで音を立てるようだ。腕と腰が悲鳴を上げてい
る。休みながらでなければとても続けられない。それでもスッパーンと割れた時
の快感はたまらないものがある。どうかすると一発で割れる事があるので、それ
がやみつきになる。だんだん木によって割れ方が違う事が分かるようになってき
た。節と枝のある木はじつに割りにくい。
守屋さんと奥さんは出来上がった炭の袋詰めをしている。全部で30袋の炭が出
来た。飼料袋に詰め込まれた炭は一晩外に放置される。どうかすると予熱で発火
する事があるのだそうだ。袋詰めが終了したのが11時、これで午前の部終了と
なった。
午後は引き続き火を燃し続けながら薪割り。守屋さんと交互に太い丸太を割って
いく。守屋さんの薪割りは迫力がある。あの重い「カケヤ」を軽々と振り下ろし
アッという間に太い丸太を割っていく。とても67歳とは思えない。こちらも負
けられないと思うのだがすでに腕はプルプルしてきている。情けない。
休みながらやるのだが、その休みの間にいろいろな山の話を聞く事ができた。炭
焼き窯の作り方も教わった。瀬音の森が出来たらそこには必ず炭焼き窯を作りた
いと思っている。間伐した材木の有効利用はいくらでもある。お金に換算しよう
とするから使い道が無いなどという事になっているだけなのだ。
3時、山はもう寒い。窯口の開いている場所を閉じる時間だ。煙突から出る煙の
温度を計る。温度計は80度を差している。煙突の場所を「九度」といい、ここ
から出る煙の色で炭の出来具合を想像するのだという。その「九度」を幅3セン
チくらいに細くして止める。そして窯口を塞ぐ。これもブロックと粘土で手早く
塞ぐ。高温になっているので、粘土はすぐに固まり、見る間に燃えているかまど
が見えなくなっていった。
本日の作業はこれにて終了。体中の筋肉が軋んでいるような感じだが、悪い気分
ではない。窯の前の淵に2尾の山女魚が定位しているのが見える。改めて見ると
いい環境だ。炭焼きの煙が杉の林を白く流れていく。冬枯れの河原に鳥が遊んで
いる。心地よい疲れが体を覆っている。さあ、ふもとの温泉で真っ黒になった顔
を洗ってゆっくりとお湯に浸かろう。
筋肉は使わないとなあ・・・・あとはまた明日から。