瀬音の森日記 55


保存会の稚魚放流



1999. 4. 25


私は荒川水系渓流保存会(以下、保存会と書く)という団体に参加している。その
保存会の4月の恒例行事に稚魚放流がある。今年は25日の日曜日に行われた。こ
の会の発足はもともと漁協の無秩序放流に対する抗議の意味を込めたものだった。

「秩父には秩父の山女魚・岩魚を放流しよう」という考えの釣り人が集まり、自分
たちでお金を出し合って池を借りる事から始めたのだ。水産試験場の指導を受けな
がら稚魚を育て、採卵し、孵化した稚魚を会員自らの手で自分の通う渓流に放流す
るという活動をしている。                         

10年も使っているので池もだいぶ痛んできてあちこち補修しながら使っている。
会員は10時には揃い、池の補修や送水管の補修を手分けして行うのだ。私は安谷
さんやJICKYさん達と山の送水管の補修に向かう。池にはこの時期山から産卵に下
ってきたヒキガエルの群が重なり合っているので、とても近寄れないのだ。4月か
ら5月にかけての約2週間が産卵の季節なのだ。カエル達はどこにこんなにいたの
か?という程の数で池を覆い尽くす。本能に呼ばれて山から這い出てくるのだ。 

個人的な話で恐縮だが、何が嫌いと言ってカエルほど嫌いなものはない。とても正
視に耐えないのだ。アマガエルもダメなくらいなので、とてもの事にヒキガエルの
群を池から運び出す作業などは出来ないのだ。・・・ああ情けない。ヘビなら平気
なのだが、何の因果かカエルには弱い。                   

秩父ではカエルの事を「ベットウ」と言う。ヒキガエルの事は「オオヒキベットウ
」と言うのだが、この言葉を聞いただけで体が硬直してしまうのだ。いつだったか
こいつに川で睨まれて足がすくみ、そのまま帰ってきた事がある。ああ、いやだ。

大雨で土砂崩れがあり、送水管を支えていた鉄パイプがはずれてしまったのを補修
する。川が増水しているので足場を気にしながらの作業になった。途中送水管がゆ
るんで水が噴き出し、安谷さんがびしょ濡れになるハプニングもあったが、何とか
補修を終えて池に戻った。その頃にはカエルは山に帰っていて姿が消えていた。 

会員はそれぞれ自分のブクブク(活かしビク)を持参していて、水槽から稚魚を入
れ放流場所をノートに記入してそれぞれ思い思いの渓流に運んでいく。10年くり
返された作業が淡々と進む。会の活動のハイライトであるべき日なのだが、あくま
で淡々と作業は進む。このような活動が継続していくという事は素晴らしい事だと
思う。それは、日々の暮らしの中に活動が違和感なく組み込まれて、自然に行動に
つながっているという事の素晴らしさでもある。               

いろいろな立場の人がいて、釣りに対してもそれぞれ違う考えがある。でも同じ作
業を協力して行い、一尾でも多くの稚魚を放流しようとする。秩父には秩父の魚が
いて欲しい、ただそれだけの思いで、この会の日々の作業はくり返されている。 

5月の瀬音の森の安谷川イベントで稚魚放流を計画している。その山女魚の稚魚は
保存会で育てたものを放流する。保存会には瀬音の森会員が私の他にも何人か参加
しているので、その放流分の稚魚を譲り受ける事になっているのだ。秩父山女魚と
いう種があるわけではないのだが、せめて我々が放流する魚は同じ水系で育った魚
にしたいのだ。                              

保存会では昨年から秩父岩魚の養殖に力を入れている。また、秩父岩魚の探釣と写
真撮影も行っていて、今後の資料とするべく活動している。秩父の水系ごとの岩魚
を確認出来たら、これは素晴らしい資料になる。私も資料作りに参加したいのだが
釣りの腕が未熟なので、あまり戦力にはなりそうもない。せめて広報担当としてま
とめ役としてのお手伝いはしたいと思っている。               

「瀬音の森・秩父」を考える時、保存会の活動がとても参考になる。川に対する考
え方はお互い重なる部分もあるので、何らかの協力関係を築ければいいなあと思っ
ている。早く「瀬音の森・秩父」を立ち上げたい気持ちもあるが、ここは慎重に事
を進める必要があるので、あせらずに進みたいと思う。            

ニリンソウが咲きヤマブキが眩しい渓流に山女魚の稚魚が群れている。そんな秩父
の渓流をつくりたい。                           

ベットウさえいなければ天国なんだがなあ・・・・あとはまた明日から。