瀬音の森日記 73


吉無田の森「下刈り」



1999. 7. 19


朝5時半、キャンプ場のバンガローで目覚める。昨夜のアルコールがまだ体に残っ
ているが、今日は「下刈り」の日なので早く起きなければならない。腰が痛い。 
顔を洗っている時にはすでに安藤さんが朝食の準備をしていた。手際がじつに良い
のに感心する、勝三郎さんとの呼吸もピッタリだ。              

朝食は昨夜のちゃんこ鍋の汁を使っての雑炊。ちゃんと卵でとじる。まだ朝早く涼
しいので雑炊が旨い。体力仕事の前なのでしっかり食べる。今日の「下刈り」はか
なり暑くなりそうなので体力を消耗しそうなのだ。              

勝三郎さんの車に4人乗り込んで吉無田の森を目指す。車は快調に走り30分程で
吉無田の森に到着した。すでに矢部愛林の人達は作業を開始していた。親方の西山
さんから草刈り鎌を手渡され、短い注意を受けた。良く研いである鎌が朝日をギラ
リと反射する。                              
さっそく着替える。全員、地下足袋、スパッツ、長袖シャツ、帽子という草刈りル
ック。地下足袋のコハゼを止める毎に気持ちが引き締まっていく。集中してやらな
いと大けがをする事になるのだ。                      

作業は簡単。リボンのついた木をよけて全ての草を刈ればよい。そして木に巻き付
いたツルを丁寧に取り除く事だ。林道沿いの平らなところが担当。小高い丘の部分
は矢部愛林の女性陣が、右の大部分のスペースを本隊の機械刈り部隊が担当してい
る。ツーサイクルエンジンが鳴り響き、まるでバイクが何台も走り回っているモト
クロス場のようなにぎやかさだ。                      

対照的に我々4人は自分の手で背丈ほどもある草をバッサバッサとなぎ倒して行く
だけなので静かなものだ。鎌が良く切れる。あまり近づくと危ないので作業中に会
話が出来ない。一人一人が黙々と鎌を振る。汗が全身から噴き出してくる。ひたす
らリボンのついた木を探し、その他の草を刈る。               

カツラは草の葉に色が似ているので慎重に探さないとうっかり切ってしまう。ケヤ
キは植えた場所が悪かったのかあまり育っていない。栗はしっかり育っていて頼も
しい。サクラもしっかり育っているようだ。山椒の株を鎌で払ったら良い香りがあ
たりに充満した。ちょっともったいなくて、次の山椒の株はそのまま残した。  

広葉樹の育林は手探りの状態なのだという。確かにこうして見ると育ち方にものす
ごいばらつきがあるのが良く分かる。日当たりなのか?木の性質なのか?土の具合
なのか?水の具合なのか?・・・元気な木と枯れてしまう木の違いは何なのか?
今後5年間下刈りが必要とされている。5年たった時、この成長の違いは決定的な
ものになっているだろう。適地に植えられた適木だけが残る事になるのだろう。ま
あ、天然林でも同じ事がおきている訳だから当たり前と言えば当たり前の話だが。

機械刈りのエンジン音がどんどん大きくなってくる。見るともう大半が終わってい
て残り半分くらいになっているではないか。早い早い。森の中を流れている小川の
水でのどを潤し汗が出るのに任せていると体から力が湧いてくる。さあ、残りわず
かだ、がんばろう。                            

草刈り機を操る姿が間近になってきたのでちょっと見学する。じつに見事に草を刈
るものだ。琥珀さんに言わせるとプロの人達にはこのくらいの傾斜は運動場のよう
なものなのだそうだ。本当に作業が早い。リボンのついた木だけを残してきれいに
草を刈っていく。それも一定の速度で。5センチくらいの木は楽に切り倒すチップ
ソーを使っているのだ。草などはあっという間に刈り倒してしまう。      

ボーゼンと見ているうちに作業は終わった。時計を見ると10時半、4時間で1.5
ヘクタールの下刈りが終わってしまったのだ。これには驚いた。プロの技は凄い。
矢部愛林の人達は黙々と後かたづけに入る。機械をきちんと整備する事も仕事のう
ちなのだ。草刈り終わった吉無田の森は茶髪のロンゲがバリカンでボウズ刈りにな
ったようにサッパリしたものになった。                   

場所を水源公園に移して昼食。我々は米村先生の差し入れのお弁当をおいしく頂い
た。食後に矢部愛林の人達は自分の草刈り機のチップソーを持ち出してヤスリで研
ぐ。休憩時間は道具の手入れの時間なのだ。黙々と刃を研ぐ顔は真剣そのもの。研
ぎ上がった刃はすごい切れ味になっていた。                 

1時に矢部愛林の人達と別れ、我々は禁漁区の試験採補に向かった。この冬に放流
したヤマメがどのくらいの大きさに育っているかを実際に釣って調べようというの
だ。釣り役は琥珀さん。私は撮影用の水槽を持って待機する。安藤さんと勝三郎さ
んは見ている。                              

琥珀さんは3人のプレッシャーを感じながらの餌釣りで、何だか釣りにくそう。天
気はピーカン、猛烈な暑さ。待っている3人は下刈りの疲れでもうフラフラ、道路
の日陰に寝転がっていた。もうダメかな?と思った時に琥珀さんが上から走ってき
た。「釣ったバイタ!」ガバッと飛び起きて川に走る3人。          

水槽に水を入れてヤマメを入れて見る。パーマークの鮮やかな14センチのヤマメ
だった。体側に朱色の帯が入ったきれいなヤマメだ。「小さいから居着きじゃない
か?」と安藤さん。「もう1尾釣って、それで判断しよう。」琥珀さんは炎天下に
再度入渓する。程なくまた笑顔で戻って来た。「少し大きか」と笑いながら水槽に
ヤマメを入れる。見るとこれも14センチ。「う〜〜〜ん、こぎゃん大きさやった
かやあ??」安藤さんは考え込んでしまった。結局この日はこの2尾だけで後日再
探釣をする事で試験採補は終了した。                    

夕方、吉無田の森オーナーの米村先生の家に報告に行く。先生は大いに喜んでくれ
た。来年の再訪を約束して診療所を辞したのは4時半だった。長い長い一日はこれ
から夜の部突入である。(以下省略)                    

吉無田の森は一年経った・・・・あとはまた明日から。