瀬音の森日記 88
秋の成瀬川
1999. 10. 26
秋田に仕事があって出かけてきた。その空いた時間に紅葉の成瀬川を見てきた。成瀬川
はすでに釣りのシーズンを終わっていて、静かに流れていた。紅葉真っ盛りのこの季節
に川を歩くことは楽しみの一つだが、あまり実行はしていなかった。
車を停めてススキの崖から流れを俯瞰する。蛇行する流れは淵と瀬が交互に連続して、
済んだ青と白い泡がコントラストを鮮やかに対比させている。岸の柳がもんわかした固
まりとなって霞のような葉色を見せている。
スギの緑色をバックに、カツラやミズナラが鮮やかな黄色を見せる。真っ赤に紅葉して
いるのは林辺のウルシかハゼか。黄色、赤、深緑色がパッチワークのように眼下に広が
っている。こうして見ると秋田ではスギの緑色が違和感なく景色を構成している。
眼を山に転じると、そこには黄金色の田畑が広がり民家の奥にはスギ林が続き、紅葉の
山が広がる。紅葉の多彩さで樹木の多さが分かる。黄色と赤のパノラマが目の前に展開
している。豊かな秋田の自然が広がっている。
車で川に降りる。大堰堤の上を歩きながら、紅葉の中にとけ込んでいる事を実感する。
案内してくれた藤原さんは、下のプールを指さしながら「あそこで47センチが出たん
ですよ、ルアーでしたけどね。」と顔色も変えずに言う。今年はこの川で54センチの
サクラマスを釣ったそうだ。紅葉の景色に酔っているところを現実に引き戻される。
上流に走り、北沢の分岐にかかる橋の上で車を停める。奥山はブナの純林なのだろう、
見事に紅葉している。紅葉の間を白い飛沫を上げて北沢の水が流れている。奥の深さと
森の豊かさが生んだ豊富な水が無限に流れている。稜線を歩いて5時間、更にその先に
イワナの天国があると言うのだが、こうして見ていると踏み込めない領域に見える。
この橋から振り返ると、そこにはとんでもない現実が存在していた。成瀬ダム建設予定
地なのだ。ダム建設業者も決まり、もう止める事はできなくなってしまったと、あきら
めに似た声も聞いた。頼みのイヌワシの生息は確認されなかったそうだ。生物調査のず
さんさが新聞沙汰になった事ももう昔の話になってしまった。結局見直しまでには至ら
なかった。測量は着々と進んでいるらしい。
地権者はすべて建設賛成。計画は着々と進み、下流には工事事務所が出来てしまった。
本当にここにダムが必要なのか?真摯な話し合いはなぜ出来ないのだろうか。地権者よ
りも下流流域の人の方が影響される度合いは大きいのに発言する事すら出来ない。作っ
てしまって後悔しても遅いのだ。あの豊かな成瀬川が濁って死んでいくのを見なくては
ならないのかと思うとたまらない気分になる。
秋田から岩手に抜ける県境の道が水没するのだから、当然ダム湖の上に道を切ることに
なる。手つかずの大自然がまた道路工事で切り裂かれる。土砂は渓流を埋め、透明な流
れを濁らせる。歩いて5時間かかるイワナの楽園もあっというまに消えてしまう事だろ
う。何度こんな事を繰り返さなければならないのか・・・
折り重なるような紅葉の山々を見ながら、人間の存在が与える影響の大きさを考える。
夜、小料理屋のカウンターできのこ料理を食べた。こちらでは「こなら」というきのこ
が炭火で焼かれて出てきた。一味唐辛子が振ってあり、醤油を付けて食べるのが、何と
も言えず旨い。聞けば正体はシモフリシメジだと言う、どうりで旨いはずだ。山好きな
マスターが今日採ってきたものだ。湯豆腐も出た。秋田の山の恵みが口の中に広がる。
さらに旨いきのこが出てきた。バターソテーで出てきたのが何とホンシメジ!これは本
当に旨かった。天然物のホンシメジは初めて食べた。香り松茸、味しめじというが、実
際に食べてみて、まさにその通りだと思った。マスターに感謝。
天然きのこが秋田の夜を飾った・・・・あとはまた明日から。