瀬音の森日記 94
瀬音の森・小菅、拠点が決まる
1999. 11. 27
いよいよ今日は「瀬音の森・小菅」の山を見に行く日だ。待ち合わせは9時に水の館前
という事になっている。奥多摩湖畔の燃えるような紅葉を見ながら車を走らせる。前に
遅いトラックがいて、ジリジリしながら時速40キロのスピードで小菅村へと走る。
水の館前にはすでにわたるさんが待っていた。すぐにF木さんの家に向かう。F木さん
は自称小菅の自由人。10坪ほどのログハウスを自分の手で建ててしまったり、漁協の
役員であり、監視員をしながら手製のニードルを釣り人にプレゼントしたりする。また
和太鼓演奏家として、国内・海外で多くの公演に参加しており、小菅村内では大菩薩御
光太鼓の大頭(おおがしら)として活躍している。
そのF木さんは家からすぐに出てきてくれて、そのまま山を見に行こうという事になっ
た。手作りのログハウスの前を通り、川を渡って山道に入る。途中F木さんは歩きなが
らいろいろな話をしてくれた。山に人が入らなくなった事、ヒノキを植えると山が荒れ
るという話、家族でする山遊びの話、きのこの話、わさびの話、いのししの話、熊の話
などなど。登り坂40分、F木さんの足は軽い。こちらはうっすらと汗ばんできた。
尾根に出る。なだらかに広がる丘のようなコナラの二次林。ここがF木さんが我々に貸
してくれる「瀬音の森・小菅」の森だった。50年くらい前に一度薪炭林として伐採し
、その後手を加えていないという。コナラ、ヤマザクラ、ヤマグリ、ウダイカンバ、シ
ラカンバ等が林立している伸びやかな斜面が尾根に沿って続いている。
林床は厚く落ち葉が積もりフカフカと気持ちよい感触が足から伝わってくる。風もなく
鳥の鳴き声が良く聞こえて、じつに心地よい開放感だ。木々の間から360度の見晴ら
しと青い空が見渡せるのは気持ちがよい。葉が落ちて冬の装いとなった林は見通しが良
くてとても広く感じる。
3人で落ち葉の上に座り込んで、森の話をする。F木さんは「ここを残しておかないと
水が涸れるんだよ。この周りのようにヒノキを植えたらって話があったけれど、オレは
絶対にヒノキは植えさせなかったんだ。分かるよね、ここがあるから小菅川に水が出る
んだって思ってるんだよね。」
50年生の森を前にして、瀬音の森が何をやろうとしているのか、自分たちの方針と方
法を話す。【この森をこのまま育てる】言ってしまえばそれだけの事。まずは枯れ木の
除去。そして択伐。なるべく自然に木を太らせる事。30年後に誰が見ても素晴らしい
森にする事が目標。山道の整備もしなければいけない。時期が来たら炭焼きも出来るだ
ろう。F木さんのわさび田の整備やわさび漬け作り。そば畑でそばの栽培をして、刈り
取り・製粉・そば打ちなど・・・やってみたい事は沢山ある。落ち葉ソファーの上で話
はどんどん広がっていく。
ゆっくりと森の中を歩く。猪が葛の根を掘った跡がある。まるでユンボで掘ったような
深い穴だ、野生猪の力に驚く。ヒノキの林の中に炭焼き窯の跡があった。これは少し手
を加えれば使えるかもしれない。枯れ木がグズグズにならずに流木のようカラカラにな
っていて、冬の風の強さが思われる。枯れ木が風に磨かれているのだ。冬、ここは雪に
覆われるという。
この森の新緑を想像する・・・コナラに新緑が萌え出す頃、ツツジが咲いて林内には鳥
の声が響き渡っているだろう。盛夏の日陰と涼風を想像する・・・割れるような蝉の声
と入道雲、むせ返るような緑の匂いに包まれているだろう。秋の紅葉を想像する・・・
コナラや白樺が色づき、しっとりとした風情に包まれているだろう。
そうだ、ゆっくり歩ける道を作ろう。目立たないように木に名札を付けよう。景色の良
いところに目立たないように木のベンチを作ろう。仲間が集まれる広場を作ろう・・・
森をどうしようかという思いは止めどもなく広がっていく。林業体験の場として、森林
教育の場として、山遊びの場として、丁寧に一つずつやっていきたいものだ。
大きく胸を膨らませて山を下る。この道を歩きやすい道にする事が最優先だ。密植され
たヒノキ林を通る。「ここの間伐もやっていいよ。」とF木さんが言う。20年生のヒ
ノキだ、これなら我々でも何とかなる。体験林業として申し分ない条件だ。素人がやる
事だからこそ、丁寧に慎重にやらなければいけないのは当然の事。今後の事はわたるさ
んと計画書を作って、F木さんと検討しながら進めるようにしなければいけない。
そして、瀬音の森と小菅村との関係がより信頼と連携を強くするようにしていきたい。
1年ずつ、1回ずつ、1つずつ・・・あとはまた明日から。